社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

長屋政勝「グローマンの統計方法論(第7章)」『ドイツ社会統計方法論史研究』梓出版社, 1992年

2016-10-17 15:00:57 | 4-2.統計学史(大陸派)
長屋政勝「グローマンの統計方法論(第7章)」『ドイツ社会統計方法論史研究』梓出版社, 1992年

 フランクフルト学派のグローマンの統計認識論の解説と検討。濃密で難解。大戦後, 西ドイツの統計学は数理統計が支配的になるが, フランクフルト学派はこの状況を批判し, 数理派と厳しく対峙しつつ, その独自の理論構成を発展的に展望する。その内容は端的に言えば, 社会経済現象の理解に有効な統計的認識のあり方の追求であり, その対極で確率論を基調とした数理的手法のもつ制約性の解明であった。この過程で提示されたのが, 社会統計方法論の固有の3つの課題(調整理論の構成, 測度論の構成, 社会統計的認識における因果的研究方法の開拓)であった。これらの課題は, 1960年代以降の新世代に受け継がれたが, その継承は2方向に, すなわち数理的概念と手法の主導性に重きをおく社会統計方法論の構成に努めたメンゲスらの「適応統計学」の方向とあくまで社会現象の事物論理を優先させ, 社会統計的因果研究, 説明や予測, 応用のための方法手続きの在り方を追求するグローマンの方向である。

 筆者は以上の確認を行って, グローマンの所説の検討に入る。その際, 出発の問題意識は, フランクフルト学派に固有の認識目標の二元論, 記述と推測である。グローマンはまず, 記述に関してその方法行程(①実質的問題提起の解明, ②操作化, ③統計方法の適用, ④帰結の解釈)を示す。筆者はその内容を紹介した後で, 次のような要約を行っている。「グローマンにおいて, 記述は理念型の把握を目的にし, 特定の方法論的指針に導かれた独立の営為として, 社会統計方法論構成の一方の柱となる。調整問題を全面におしだし, すべて調整に制約されながら, 既述の方法行程を, 問題提起の解明-操作化-手法選択-帰結の解釈, この四つの活動に整理した点にグローマン記述論の特徴がみられる」と(p.296)。

 記述と並ぶもう一つの認識目標は, 推測である。推測は従来, 二つの法則定立的仮説, すなわち決定論的な命題によるものと, ストカスティークな命題によるものとが考えられてきたが, グローマンはそのどちらも経験的研究では有効性をもちえないと考え, 第三の論理形式をとる。この形式では, 支配的な規範とそこからの行動規律に対する洞察と理解が前提となる。さまざまな規律とそれらの間の関係が提示され, それを数量化するため, 関連する諸要因を変数としてとりあげ, 変数の数の限定, 変数の定義=概念構成, 説明変数と被説明変数の選択, 変数の結合=モデルの構成についての一連の論理的決定が行われる。ここで変数化されるものは人間の規律的駆動であるから, 結果事実を表わす被説明変数は, グローマンのいわゆる推測命題に判断を受けなければならない。この推測命題による推測的研究の方法行程は, 記述のそれと同様である。グローマンの推測にあっては, 数理的推測にみられる一個の検定量による仮説の判定とは異なり, 具体的条件の考察, 包括的な社会経済的認識, 統計学的知識と経験を必要とし, かつ統計的・統計外的情報を組み入れた総合的判断が要請されている。

 筆者はグローマンの統計方法論の基本性格を以上のように整理したうえで, その内容がフラスケムパーの段階をこえ, 現実の経験的経済研究にそくした社会統計方法論を志向していることを評価しつつ, いくつかの問題点も掲げている。第一は伝統的な理解哲学への依拠, 第二は「規範」概念の措定とそれに結びついた法則観にみられる歴史学派的社会観の残滓への傾斜, ポパー流の批判的合理主義への肩入れである。これらにみられるのは, 方法論構成上の指導概念, 枠組み, 基準の外部からの注入であり, 標榜する内在化された経験的経済研究過程論に抵触するといわざるをえない。筆者は, 「この外注はフランクフルト学派を含めて社会統計学の飛躍を示すどころか, 逆に解体の原因となる可能性をも含んでいる」(p.312)と懸念している。なぜなら, グローマンの統計方法論の理解哲学への傾斜は, ウェーバー流の理念型と理解方法を統計認識の彼岸におく。本質的認識を理念型の世界に閉じ込め, それと量あるいは量的関係との間隙を固定化し, 「調整」によって両者の接近を図ることになるが, この調整によっても, この間隙は埋まるものではないからである。さらに理念的志向は, 方法と研究成果の総体化をもたらすだけでなく, 相対化された方法, 研究過程, 研究結果の当否は, 研究成果を政策立案と実施で利用する政策主体, 具体的には国家, 地方レベルの行政機関の政策担当者にゆだねられ, その当事者には理解と調整の能力にたけた技術専門家としての資質が問われることになるからである。グローマンの視点は, いつのまにか, 冷静な統計分析者のそれでなく, 当為とされる行動を組み入れた政策を実施し, その現実妥当性を図ろうとする政策主体の眼に一転している。
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