社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

有田正三「ジージェックにおける統計数の論理的性格の規定-ジージェック統計学研究のための一断章」『彦根論叢』第16号,1953年

2016-10-16 21:37:28 | 4-2.統計学史(大陸派)
有田正三「ジージェックにおける統計数の論理的性格の規定-ジージェック統計学研究のための一断章」『彦根論叢』第16号,1953年

 ジージェック(1876-1938)は,20世紀初頭におけるドイツ社会統計学の方向転換期における代表的存在であった。方向転換とは,従前の統計作成者の観点から統計利用者のそれへの移行である。この移行により一般統計方法論の学的内容は,統計利用論の組織的展開,統計作成論の再編成という変化を示した。以下,筆者によるジージェック統計論の紹介である。

 ジージェックの一般統計方法論は,統計数の意味の究明がメインテーマである。その方法論は,具体的には2つの分野で展開される。一つは「統計数獲得論」であり,もう一つは「統計数説明論」である。「統計数獲得論」は統計数獲得の方法論と成果論の2面をもつ。統計数獲得の方法論では,方法に前提される目標を前面に,これに方法の形成と批判の基準としての役割を与える。そこで重視されるのは,統計数獲得の方法的過程で,この過程に組み入れられる諸操作が目標実現に対してもつ意義を規定する。最も基本的な操作は結果である統計数が目標通りに特定の集団を語るか否かを直接的に規定する操作である。方法的過程の規定は,統計数に収斂する。成果論は統計数獲得の方法論の結論である。それは統計数獲得の方法的過程に目標として前提された統計数を方法的過程の成果として取り上げる。成果論は,統計数説明の方向と手続きの規定を定める基礎である。

統計数説明論の展開は,十分とは言えない。ここでの主題は,統計数説明の基本的手段を統計比較とし,統計比較のための形式的および実質的要件の規定,統計比較の手続きの定立である。形式的要件は形式的比較適性,すなわち比較される統計数相互間の形式的同種性であり,実質的要件は統計比較の前提となる実質的目標を実現するために満たさなければならない諸条件である。    

 ジージェックに統計数の形式的ならびに内容的意味に関心をもたせた契機は,統計利用者的観点である。彼が一般統計方法論の課題とした,統計利用のための,また社会的に利用性のある統計作成のための方法的指針の提供には,統計数の意味の規定が不可欠であった。もっとも,そこにはまだ従前の統計作成者的観点の残滓は残っていたし,彼のいわゆる統計利用者的観点についても制約と限界とがないわけでなかった。このことは彼ののちに統計利用者的観点があらわになった段階で統計解析的手続きの定立が課題になると,自主的な統計解析の手続きを確立できず,統計数の意味が軽視される原因になる(この延長で,数理統計学の成果の摂取につとめるようになる)。

ジージェックは,1933年に国際統計協会機関誌に「統計数の論理的基本性格」と題する論文を発表した。この論文は,統計数に特有の本質を統計数獲得の目標と方法の論理的性格(社会的現実を把握する形式における特徴)とらえるさいに必要な定式について論じたものである。この論理は5つのテーゼに定式化されている。テーゼによれば統計数の論理的性格は,「経験的性格」「歴史的相対的性格」「抽象的性格」「特殊的性格」に示され,このうち第三の「抽象的性格」には2つの相異なったものが含まれる。

「経験的性格」は,大量観察というひとつの経験への依存性を言う。「歴史的相対的性格」は,統計数の時間的空間的被規定性である。この性格は統計数を統計比較に緊密に結びつける。「抽象的性格」は2つに分かれ,一つは統計数が集団(あるいはその部分集団)の表示であることに,もう一つはそれが一般的原因複合の代表としての意味をもつことと関わる。「特殊的性格」は,統計数が現実を特殊的に限定された集団に特定すること,すなわち統計数の表示内容の特定性の認識を指す。
統計数は,以上のようなその基本的性格を本質とする。これらの基本的性格は,統計数の利用を次のような方向に限界づける。(イ)統計的結果はその獲得の基礎となった特定の集団以外の他の集団にまで及ぼしてはならない。(ロ)集団(全集団)に関する価値を個別事例および部分集団にあてはめてはならない。(ハ)統計的結果にはこれが実際に答える特殊な実質的問題以外のものに対する解答をもとめてはならない。

 それでは,ジージェックの統計論における問題点は,どこにあるのであろうか。筆者は最後に,この点を考察している。統計数の本質を明らかにすることにその研究の方向を傾注したジージェックは,統計数の論理的性格に着眼する。着眼点は方法が対象を変形し,規定する関係である。ジージェックにあっては,方法が一定の形式で対象を加工,変形する手段になっており,その結果,加工変形によって認識されたものは,実は対象そのものとは異なる。統計数は対象である社会的現実を反映せず,むしろ乖離する。そのような事情にいたったのは,ジージェックの一般統計方法論では目標が方法の構造を規定し,方法規定が<目標→方法→目標の実現>という円環運動で進行する関係になっているからである。方法は対象と引き離して別個に形成され,対象に対して優位の地位にある。このような方法規定は,筆者によれば,形式的で転倒的しており,そうなるとジージェックの言明,すなわち統計数が現実において本質的なものを表現するという主張は,根拠のない独断と言わざるをえない。

 この点を確認するために筆者は,ジージェックのいわゆる統計数の論理的性格を,より立ち入って検討する必要があると述べ,「抽象的性格・その1」「抽象的性格・その2」「特殊的性格」の3点について掘り下げている。「抽象的性格・その1」では,統計が個別事例を集団に総括するというジージェックを含め,多くの統計学者が説くことについて,後者はそれを大数法則との関係で論じるのが常であるが,ジージェックでは集団把握と大数法則とは分離されている。集団的把握は対象である社会の外で構成され,外側から社会に当て嵌められ,加工される論理的形式でしか題されない。「抽象的性格・その2」で統計数が一般的原因の代表と特徴づけられた点に関しては,集団における同質部分集団の混成の強調,集団について得られた数値の部分集団および個別事情への延用可能性の頑強な拒否かりが目立つ。「特殊的性格」では,個々の統計数がそれぞれにその表示内容の特殊性をもつという主張はそのとおりだとしても,それらの特殊なあるものが統計数によって現実に表示されなければならないものかであるかどうかは別個の問題であるが,この点の究明が技術的に解釈されるだけで,統計が表示すべきものに客観的現実性が与えられていない。

 ジージェックの当該問題の展開には,制約と欠陥がある。論理的性格として対象的に必然性をもたない形式が導入されること,統計数の表示内容を規制する客観的基準に考察が及んでいないこと,などがそれらである。この結果,統計数から引き出されるのは虚構の現実であり,統計数による現実把握は主観的相対的なものにすぎない。このような欠陥と限界は,結局,方法を対象から引き離し方法を対象にたいして優位におく形式的転倒的な方法規定に由来する。打開の道は,方法に対する対象の現実規定性に目をむけることである(しかし,このような見地はジージェック以後のドイツ社会統計学者にみることができないと,筆者は述べている)。
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