社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

上杉正一郎「日本における第一回国勢調査(1920年)の歴史的背景」『貿易研究』第7号, 1960年7月

2016-10-08 21:19:33 | 11.日本の統計・統計学
上杉正一郎「日本における第一回国勢調査(1920年)の歴史的背景-統計史にあらわれた日本資本主義の特質について-」『貿易研究』第7号, 1960年7月,(上杉正一郎『経済学と統計(改訂新版)』青木書店, 1974年)

主要国で国勢調査が実施されるようになったのは, アメリカで1790年, イギリス, フランスで1801年, ベルギーで1846年, イタリアで1861年, ドイツで1871年, ロシアで1897年である。資本主義の発展とともに, 人口統計の必要性が高まり, 次々とこの調査が開始された。日本では遅れをとり, 1920年が最初である。本稿は, 日本で国勢調査の開始が遅れた理由, 1920年に開始された歴史的条件は何だったのか, そこにどのような日本的特質が現れたかを, 松田泰二郎「国勢調査発達史」, 高津英雄「国勢調査前史資料」などを参考にして, 解明している。

 国勢調査のスタートが遅れた日本でも, その必要性はかなり以前から論じられていた。杉亭二は1873年に現在人別調の実施を建議した。また杉の指導の下に, 甲斐国現在人別調査が1879年に実施された。1886年に, 杉は国勢調査に関する調査草案を内閣統計局長に提出した(国際統計協会はベルン会議の決議により, 日本に調査の実施を勧告したこともあった)。ようやく, 1896年に国勢調査を実施するようにとの建議案が貴衆両院で可決。しかし, 1905年, 1910年にも, 財政上の理由などで, 実施は見送られた。他にもいろいろな理由があったが, 要は国勢調査をどうしても実施しなければならないという資本の側からの要求が熟していなかった, と書かれている。

 1910年代に入ってようやく, その要請が強まってきた。政府, 生命保険業界などから, 国勢調査が不可決との認識が強まった。

 これ以前に, 人口静態調査が日本に存在しなかったわけではない。1898年に定められた戸籍法によって, 戸籍業務は司法省に, 人口統計業務は内閣府統計局の所管となった。1898年現在の第一回人口静態統計調査が実施されて以降, 5年ごとに戸籍にもとづいてこの統計が作成された。筆者はこの統計が存在したことも, 本格的な国勢調査が遅れた一因とみている。しかし, 戸籍簿にもとづく第二義統計調査としての人口静態調査では, 地域によっては人口流出入が激しく, 著しく正確性に欠けることがあった。また, 職業別実行などは, この種の調査では把握できない。第一次世界大戦後, 資本主義経済の発展とともに, 人口, 職業の異動は激しくなり, もはや国勢調査を実施しないですますわけにはいかなくなった。1920年, 日本の国勢調査は満を持して実施された。

 日本の国勢調査の実施に関連して, 筆者はいくつかの問題に触れている。一つは国勢調査が軍事的必要から行われたのではないか, という点についてである。松田前掲論文が, すでにこの点を指摘している。筆者は, そのことをもって国勢調査が実施されるにいたった主要な要因とみるのは一面的であると留保をつけながらも, しかしそうした背景が当時の寺内内閣の下にあったことを否定していない(牛塚内閣統計局長の首相宛意見書, 上原参謀総長にたいする意見書「国勢調査の軍事上必要なる所以」)。軍部は将来の総動員作戦にそなえて国勢調査に期待をかけていた。そのあらわれは, 国勢調査の実施に先立って, 軍事工場動員法(1918年), 軍事調査令(1919年)が制定されていたこと, 国勢調査の結果が公表されると, その翌年には, 資源調査法(総動員に役立つことを直接の目的とする調査法典)が制定されたことにみられる。

 筆者はまた, 植民地であった台湾, 朝鮮での人口調査に触れている。台湾では, 本土に先立って1905年, 臨時戸口調査が実施された, これは実質的な国勢調査であった。植民地行政の切迫した必要性のためであった。実際の調査員の任務にあたった者の多数は巡査であった。朝鮮での調査は, 台湾と異なり, 本国の調査よりも遅れて実施された。朝鮮の国状を考え, 調査の実施を強行することによるその不安定化を懸念したためである。
 筆者の結論は以下のようである, 明治以来国勢調査の実施が要望されていたのに, それが実施されなかったのは国勢調査実施の推進力であるブルジョアジーの力が政治的にも, 経済的にも弱かったからである。第一次世界大戦後, 日本資本主義の急成長により, 資本の政治的発言力が強くなり, その結果, 国勢調査が実施されるに至った。日本の国勢調査が帝国主義の時代に, しかも帝国主義戦争が引き起こした歴史的激動の過程に初めて行われるにいたったところに, 日本国勢調査史上の特質がある。
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