社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

近昭夫「H.L.ムーアと統計的経済学」[「H.L.ムーアの『統計的経済学』について」『法経研究』第23巻第3号,1979年2月]

2016-10-17 15:34:41 | 4-3.統計学史(英米派)
近昭夫「H.L.ムーアと統計的経済学」[「H.L.ムーアの『統計的経済学』について」『法経研究』第23巻第3号,1979年2月],『統計的経済学研究-計量経済学の成立過程とその基本問題-』梓出版社,1987年4月

 H.L.ムーア(1869-1958)は,1920年代以降の数理統計学を利用した経済研究,すなわち統計的経済学の先駆者である。本稿の課題は,(1)ムーアの統計的経済学の研究がどのような方法論的基礎の上に着想されたのか,(2)ムーアの研究の内容を具体的に理解すること,(3)ムーアの研究がどのように評価されたのかを振り返り,それを通じてムーアの統計的経済学の意義を考察すること,である。

 ムーアによれば統計的経済学(statistical economics)とは,抽象的一般的経済理論を数理統計学の諸手法を使って具体的現実的なものにする統計的補完(statistical complement)である。彼はリカード以降の経済学の発展に寄与した経済学者として,クールノー,ジェヴォンズ,エッジワース,パレートをあげ,彼らが具体的統計的研究に期待をかけたが,それを実現できなかったと,指摘した。しかし,ムーアの時代にはそれが次の事情で可能になったとみる。(1)経済的静態に関する純粋理論が明確な数学的記号で展開される段階に達した,(2)種々の統計が大規模に,定期的に収集,公表されるようになった,(3)自然科学の分野で数理統計学が発達し,これを社会科学の資料に適用し,経済諸量間の関係を正確に記述できるようになった,(4)大量なデータの計算,処理をたすけるための数表,計算用具などを準備できるようになった。

 また,ムーアの経済研究では,数理統計学の適用がプラグマティズム哲学で合理化されているのが特徴である。すなわち,真理の基準は「有用性」あるいは「有効性」にもとめられ,このような真理観が統計的法則を得るための曲線のあてはめに対する支えとなった。曲線の型の選択に際しては,①単純であること,②多産的であること(?),③あてはまりがよいこと,④計算が容易であること,⑤アプリオリな妥当性をもっていること,が重要とされた。

 ムーアの研究動機は,プラグマティックな観点からの純粋経済学の非現実性の批判,そしてより有効で実用的な経済学の提唱であった。

 筆者はつぎにムーアの経済学を,次の3つの方向で整理している。(1)経済理論の統計的テスト,(2)統計的法則の経験的確定,(3)綜合経済学。順に以下に要約を試みる。

 「(1)経済理論の統計的テスト」では,抽象的経済理論が数理統計学の諸手法によって計測されなければならないとことが主張されている(統計的補完)。経済理論の統計的テストは,経済理論から導かれる理論的仮説と上記のようにして把握された統計的法則との対比で行われる。ムーアは自らの著作『賃金の法則』(1911年)で,J.B.クラークによる賃金の限界生産力説(賃金は労働の限界生産力で決まるという説)をとりあげ,その実証を試みた。その手法は賃金の限界生産力説を説明する3つの基本的命題(①賃金が限界労働者の生産物の価値によって決まる,②生産物のうちの労働者の分け前は生産に使用される資本量が大きいほど多い,③生産物の総体的分け前は生産における労働と資本との相対比が大きいほど多くなる)を,利用可能なデータ(労働の限界生産力,資本量,相対比率に代替するデータ)に適した3つの仮説に書き換え,これらを統計的にテストすることで,命題の実証をはかるというものである。

 「(2)統計的法則の経験的確定」では,ムーアの2つの著作,すなわち『景気循環』(1914年),『綿花の収量と価格の予測』(1917年)とがとりあげられている。それらは,次の2点を特徴とする。第一は,既成の経済理論の統計的実証を問題とするのではなく,統計的法則を経験的に確定することが主たる課題である。第二に,実用的観点が前面に出ていることである。この点に関しては,『景気循環』ではあまり表面化していないが『綿花の収量と価格の予測』では明確に述べられるにいたる。これらの著作では,予測的研究が志向され,向後の研究者に大きな影響を与えた。景気循環の考察ではまず,降雨量に周期性のあることが明らかにされ,次に降雨量と収穫高の関係において,両系列で33年と8年の周期の対応関係があることを見出し,さらに需要法則の統計的確定のために価格と生産高の回帰方程式をもとめる。最後に農産物の価格と収穫高の関係,収穫高と代表的工業製品としての銑鉄の生産高の関係とが回帰方程式でもとめられる。このようにして農産物の収穫高と工業の景気との間に高い相関があるとの結論がなされる。

 「(3)綜合経済学」では,ムーアの関心事はワルラスが示した動的均衡,変動および趨勢的変動という理論的観念に具体的実際的形態を与えること,そこで関連しあっている経済諸量のすべてを同時的な現実的諸方程式の綜合において,擬態的かつ実証的に示すことであった。その基本的特徴は,(1)交換,生産および資本化,そして分配の一致を表現するために連立方程式を使うこと,(2)これを変数のすべてが時間の関数として扱われる経済動態論に拡張すること,(3)方程式を具体的な統計的形態を与える点にまで綜合を一層拡張すること,であった。筆者はこのように述べて,『綜合経済学』の要点をその中心部分である第3,4,5章に読み込んでいる。

 最後に内外のムーアの評価が示されている。『賃金法則』に対しては,E.Y.エッジワース,W.M.パーソンズ,H.G.ブラウン,F.W.タウシック,J.シュンペーターが書評を書いている。ムーアによる統計的方法と経済学研究を結びつける研究の方法は,当時,斬新なものと映り,この点は比較的好意的に受け取られたが,経済学的内容に関しては多くの難点が指摘された。この傾向は,『景気循環』に対しても同様であった。概して,イギリスの研究者はムーアの業績に厳しい評価を与えた。しかし,ムーアが『景気循環』で行った需要の統計的研究は,その後,H.シュルツ,M.エゼキュール,F.W.ワーフ,H.ウォレスに受け継がれた。また『賃金法則』で試みた限界生産力説の統計的テストはダクラスにより生産関数論として展開された。アメリカでは,ムーアを計量経済学の先駆者とみるのが一般的である。筆者は日本での評価を代表するもとのとして,杉本栄一,寺尾琢磨,山田勇などの批判的評価を紹介している。
杉本,山田は独自にムーア的需要方程式の日本の具体的経済問題への適用を試みた。

 筆者は最後に統計的経済学の基本的性格についてまとめている。ここではとくにムーアの研究がもつ実用主義的性格,プラグマティックな観点がムーアの研究の特徴である。欧米の評価,そして日本での評価では,その点への言及がない。
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