社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

伊藤陽一「計量経済学におけるパラメータ確率的推定法」『経済評論』1965年6月号

2016-10-18 14:14:25 | 12-2.社会科学方法論(計量経済学)
伊藤陽一「計量経済学におけるパラメータ確率的推定法」『経済評論』1965年6月号

 計量経済学批判の一環として書かれた論文。この論文ではまず, 計量経済学の論理手続きに確率論的な考え方がどのように取り入れられているのか, そしてそもそも確率的な考え方がどのような方法なのかが考察されている。ついで確率的方法の経済分析への道を開いた攪乱項について, 攪乱項設定の個々の理由が検討されている。

 結論が最初に示されている。それは, これらの検討をとおして, 計量経済学におけるパラメータは対象を方程式モデルによって認識しようとする便宜のために架空に設けられた係数で, それをもとめる確率的推定法は, 経済変量に確率的分布を仮定する方法であること, 経済変量が確率的に分布するとの論拠は到底容認できないこと, 確率的推定法によって得られる推定値は現実との対応がきわめて希薄であること, これらの確率的推定法適用にみられる立場とは逆に科学的認識は事実確認を重視すべきであること, 以上である。

全体は2つの部分に分かれている(「計量経済学と確率的方法」「攪乱項導入の検討」)。「計量経済学と確率的方法」では, (1)計量経済学の概要, (2)攪乱項導入の理由, (3)攪乱項の数理的意味, (4)パラメータ推定の方法, について議論されている。
「攪乱項導入の検討」では, (1)『数理的方法=正確, 精密, 客観的』論, (2)社会現象不確実性, (3)モデルと現実との乖離, (4)統計資料の誤差についての議論がなされている。

 「計量経済学と確率的方法」では, 何が論じられているのだろうか。「(1)計量経済学の概要」では, 計量経済学が主として論じていることが, 未知のパラメータを含む方程式体系を設定すること(モデル・ビルディング)と方程式中の未知のパラメータを統計資料にもとづいて推定する方法であることを確認し, この経済学ではパラメータの決定が中心的問題であることをモデル・ビルディングのプロセスを追跡する中で明らかにしている。「(2)攪乱項導入の理由」では, 攪乱項を導入して確率方程式モデルを設定する理由が, 方程式では複雑な現実を捉ええないこと, 社会現象が不確実性にさらされていること, 資料が誤差を含んでいることにある, との指摘が与えられている。「(3)攪乱項の数理的意味」では, 計量経済学的研究では確率概念が多用されるが, それがいかなるものを反映するのかについての議論がほとんどないことを指摘しながら, しかし多くの計量経済学者が依拠しているその頻度的解釈から, 確率の意味が解きほぐされている。「(4)パラメータ推定の方法」では, 最尤法, 最小二乗法の数理的手続きが説明され, そのいずれの方法でも得られるのはパラメータの推定値にすぎないこと, 理論上想定される真値と推定値との関係が推定値特性として論ぜられ, 推し量られると, 述べられている(小標本特性, 大標本特性)。

 次いで, 「攪乱項導入の検討」で論じられていることを整理する。「『数理的方法=正確, 精密, 客観的』論」では, それらの意味するところは数理的方法が適用可能な仮定を設定し, 方程式を解いたときに解が一義的に決まること, 幾つかの仮定をつけて方程式の数と未知数の数とをそろえるならば, 誰が計算しても答えが一義的にもとめられることなのだという確認がなされている。「(2)社会現象の不確実性」では, 社会現象が不確実にさらされ, 人間の行動にはでたらめさがつきまとっているので, それらの分析には確率論が適用されざるをえないという短絡的な思考が批判されている。「(3)モデルと現実との乖離」では, 計量経済学モデルがそもそも主観の側によって先験的に用意されたもので, 現実との乖離は当然生じざるを得ないが, 計量経済学はその乖離を偶然なものとみなすことでモデルを維持しようとすることの不当性が示されている。「(4)統計資料の誤差」では, 統計数字の誤差に対する2つの対照的立場(数理統計学と社会統計学)に触れ, 計量経済学が立脚している考え方が数理統計学の立場, すなわち「社会統計資料の誤差を自然測定値と同一視して, 正規分布しているという誤った仮定をおき, これによって事実そのものの認識を果たさないまま数理的方法の適用を急ぐ」立場であると結論づけている。

筆者は以上のように計量経済学批判を, そのパラメータ推定を支える経済理論と方法論, 手法に焦点を定めて行っているが, その対極で経済理論が客観的経済分析から出発し, 経済研究が法則の重層性に対応して基本法則から経済現象のすべてに合理的説明を与えなければならないこと, 統計数字の性質を理解するには統計調査過程の分析を重視しなければならないこと, この観点からの資料の批判的吟味が常に必要であることに触れ, 経済学のあるいは統計学の本来のあり方に言及している。この論文が批判のための批判ではなく, 社会科学的視点に十分に裏づけられた批判になっている所以は, 筆者のこのゆるぎない姿勢にある。
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