社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

奥村忠雄・多田吉三「外国における家計調査の歴史」『家計調査の方法』光生館,1981年

2016-10-16 11:33:33 | 10.家計調査論
奥村忠雄・多田吉三「外国における家計調査の歴史」『家計調査の方法』光生館,1981年

 家計調査の始まりは,18世紀前後のイギリスからである。17世紀の終わりに政治算術の創始者として知られるW.ペティ(1623­87)は,国富計算のために国民の中位の人々の消費内容を検討した。G.キング(1648­1712)はイングランドの人民の階級区分を行い,階級ごとの世帯の数や消費内容を計量した。この他,D.デフォ(1666­1731),J.マッシー(?­1784),A.ヤング(1741­1820)が「政治算術」的方法で国民の標準的な生活水準を想定した。18世紀の後半には,D.デーヴィスがイングランド,ウェールズ,スコットランドの各教区から137の農業労働者の家計を集めて出版した。デーヴィスが行った調査の方法はE.M.イーデンに受け継がれ,イーデン(1744­1814)は調査対象を農業労働者から一般労働者に拡張した。

 イーデンの死後,労働者家計の実証的調査の舞台は大陸(フランス,ベルギー,ドイツ)に移った。ル・プレイ(1806­82)は1855年,「欧州労働者」(3巻)という労働者の綿密な家庭生活のモノグラフ調査を公にした。この調査は,ル・プレイが1830-48年の間にヨーロッパやアジアの各国で典型的な労働者家計を選定して行った家庭生活の観察調査であった(フランス,イギリス,ロシアなどの36世帯)。ル・プレイの後を継いで,ドイツのG.アルント,フランスのA.ドレール,スイスのG.ランドルトら次々と成果をあげた。

 家計調査発展の契機として忘れることができないのは,第一回国際統計家会議(第一回万国博覧会の影響)で,労働者家計の資料を国際的に収集する提案がなされたことである。デュクプチィヨーはこの提案を受け入れ,調査の計画をベルギー中央統計委員会に提出し,直ちに実行に移した。家計収支の分類方法,生活水準の階層分類の方法を含む家計調査のモデルプランが,この時,承認された。デュクプチィヨーのこの計画に従って,ベルギーの各地から約1000もの労働者家計が収集された。デュクプチィヨーはこれを整理して『ベルギー労働者の家計』(1855年)を発表した。「このデュクプチィヨーの試みた家計調査と家計分析の方法は,調査対象となる世帯の狭隘性,調査期間の短期性,調査結果の編成方法や「生活最小限」による家計データの評価など,今日からみれば未熟な点が多かったが,それにもかかわらず,デュクプチィヨーの先駆的な試みは,まさに近代家計調査の出発点であった」(p.17)。

 ル・プレ,デュクプチィヨーの家計調査に注目したのは,C.エンゲル(1821 ­1896)である。エンゲル自身はオリジナルな家計調査に関わらなかったが,家計研究で大きな足跡を残した。その成果は,『ベルギー労働者家族の生活費』(1895年)である。筆者はエンゲルの家計研究の成果を3点にまとめている。第一は,いわゆるエンゲルの法則の発見である。第二は,ケトを単位とした「エンゲル方式」という生活水準の裁定技術である。第三は,家計支出に作用する種々の要因(収入,物価,職業など)の研究である。エンゲルの法則に触発されて十指にあまる有名な家計法則に関する追試がなされ,また1935年のR.G.D.アレンとA.L.ボーレーの『家計支出論』の出現とともに,エンゲル係数の一般化がエンゲル関数として現代の数理科学的手法で展開されるにいたっている。またエンゲルが考案した消費単位換算の方法は近代家計分析に継承されるとともに,副産物として家族人員修正係数,マルチプル係数を生み出した。エンゲの家計研究はその後の家計分析の礎となった。

 筆者がエンゲルの家計研究とともに評価しているのは,上記のアレンとボーレーの『家計支出論』である。この研究は,以後の家計支出に作用している諸要因の判別分離のための家計調査資料の整備と数理経済学的手法による消費行動の理論への接近,マクロ的な消費関数論とミクロ的需要分析に継承され,家計分析の一般理論を構築したとされる。

 家計調査の国際的基準は,国際統計家会議,ILOなどで検討が継続された。第15回0国際統計家会議(1923年)では,各国の生活費の変動を表す生計費を作成する決議が採択された。また第16回会議(1925年)では生計費指数のウェイトを決定する資料として,一定の期間を定めた標準家計の調査を勧告した。第7回国際労働統計家会議(1949年)は,家計調査の目的,調査組織,製表ならびに結果の分析に関する新しい国際基準を勧告した。さらに,ILOとUNESCOは1953年に,新しい生活水準の定義ならびにその測定方法に関する専門員会を開催した。これらの会議の勧告をもとに,ILOは家計調査の新国際基準の検討を開始した。 第12回国際統計家会議は,1973年にILOの検討結果をもとに家計調査に関する刊行を出している。筆者はその細部にわたる内容と日本の総理府統計局(当時)の対応の可能性に言及している。

 最後に,主要国の家計調査の紹介がある(イギリス,西ドイツ,フランス,ソ連,アメリカ)。以下はそのポイントであるが,本稿が書かれた1980年頃までの状況であることをお断りしておきたい(とくに西ドイツ,ソ連は現在は消滅)。イギリスの家計調査は1957年から継続的に実施されている。製表上の特徴は,世帯の属性による階層区分が豊富なことであり,各種の分布表が充実している。西ドイツの家計調査は1961年の「家計統計法」にもとづいて「経常的家計調査」と「収入・支出標本調査」から成る。フランスでは1956年から全国的規模で家計調査が行われるようになったが,現在のものは「世帯の生活実態調査」で1965年からの実施である。特定の支出項目を詳細に調査する特別調査と家計簿記入による調査と併用される聞き取り調査とがある。ソ連の家計調査は革命後から中央統計局による労働者世帯の家計調査が整備され1939年には家計調査の調査プランが組織的に行われた。1939­51年頃までに,当初のプランにしたがって家計調査の対象は飛躍的に拡大した。筆者は農民とコルホーズ員の調査に特色があると書いている。アメリカの家計調査は経常的に実施されていないが,19世紀の終わりごろからほぼ10年ごとに大規模な調査が実施されている。四半期調査と日計調査とに分かれる。

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