社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

岩崎俊夫「数理科学的経済分析と計画法の方法論的特質-モデル・システム・計画化-」『科学の方法と社会認識(実践的唯物論の方法と視角[上])』汐文社,1979年

2016-10-17 21:43:36 | 5.ロシアと旧ソ連の統計
岩崎俊夫「数理科学的経済分析と計画法の方法論的特質-モデル・システム・計画化-」『科学の方法と社会認識(実践的唯物論の方法と視角[上])』汐文社,1979年(『統計的経済分析・経済計算の方法と課題』八朔社,2003年,所収)

 全体の構成(目次)は,以下のとおりである。
Ⅰ 数理科学的方法重視の客観的基礎
 1.数理科学的方法の地位と役割/ 2.国民経済の構造変化と情報理論的接近法
Ⅱ 部門連関バランスの「精密性」
 1.数学的論理形式の過大評価/2.部門連関バランス論の問題点
Ⅲ 最適計画法の「科学性」「客観性」
 1.カントロヴィッチの最適計画法/2.客観的必然的評価概念の検討
Ⅳ 最適経済機能システム論の「システム的接近法」
 1.社会主義経済論のシステム的接近法の導入/2.最適経済機能システム論の方法論的難点

 以上の目次からわかるように,本稿の課題は1960年前後から台頭した旧ソ連の数理派と呼ばれた研究者たちによって主導された理論の方法論的検討である。数理科学的方法を用いれば,理論が精密になり,科学的になり,客観的になるという見解に対する批判が,その内容である。具体的には部門連関バランス論,最適計画論などが取り上げられている。

 筆者は最初に,旧ソ連で数理科学的方法がどのように位置づけられてきたかを整理している。ここでは数理科学的方法に対して1920年代,30年代に既に関心が寄せられたとの紹介の後,1960年前後からその傾向が定着したこと,当初はこの方法が経済学や計画論の補助的手段(トゥール)と位置づけられたのが,次第にその主要な方法として評価されるにいたったことが指摘されている。この傾向は部門連関バランス論,最適計画論はもとより,システム論,モデル論,サイバネティックス,情報理論への期待の高揚に反映された。

 筆者は次いで上記の指摘を,具体的に部門連関バランス=社会的再生産の数理経済モデル論,カントロヴィッチの最適計画法,最適経済機能システム論を詳細に紹介するなかで確認している。「部門連関バランス=社会的再生産の数理経済モデル論」は資本主義諸国における国民経済計算の構成要素である産業連関分析に形式的には同型のものであるが,旧ソ連ではこれをマルクスの再生産表式で基礎づけ,概念と用語,部門分類,解釈について産業連関分析との差異性が強調された。しかし,筆者はそのような強調が粉飾であり,実際にはその「再生産表式からの数学的形式的演繹は,現実の複雑な経済過程を経済諸量の量的依存関係に還元することを意味する。数理科学的方法によって経済法則を論証し,経済学的命題をひきだそうとする試みは,使用される手法はいかに現代数学の成果をふまえて精密になろうとも,理論を数学的形式主義的に特徴づけるだけでなく,ひいては経済過程,再生産過程を数量的依存関係においてのみ把握する立場,すなわち経済の均衡論的解釈に道をひらくことになった」(165頁)。

 「カントロヴィッチの最適計画法」は,既存経済資源の適正配分,生産技術的方法の適正配置を目的とする。より具体的には,ある一定の限られた生産資源を所与とし,産出される生産物の数量と品目構成(アソースメント)を計画課題とし,そこに成立する実現可能な資源の配分計画からもっとも効率的な計画を選択する方法である。もともとローカルな純粋に技術的な経済問題を解決する手段にすぎなかった数理科学的方法が,国民経済的規模での計画手法に適用されていく過程で,数理科学的方法の適用領域の限界にたいする配慮が後景に退き,その対極で数理科学的方法にもとづく論理を経済の論理に優越させていく姿勢がそこに垣間見ることができる。カントロヴィッチはさらにこの論理を拡大し,客観的必然的評価という概念をもちだす。この概念は先験的評価,つまり所与の資源配分の問題とは無関係に恣意的に設定される生産物評価を否定する概念で,そこには当時のソ連経済にみられた生産計画と独立に設定される価格体系に対する批判が込められていた。しかし,客観的必然的評価が真の意味での客観性をもつには,この評価を導出する線形モデルの客観性が問われなければならない。この観点からみると,客観的必然的評価概念はいくつかの難点をもつ。客観的必然的評価の設定が最適計画法の考案の過程で開発した解決乗数法と矛盾なく整合的に国民経済レベルの計画に適用できるかとの問題意識のもとに生み出されたこと,またその評価が所与の計画課題を効率的に達成する生産諸要素の配分指標であり,生産諸要素のあいだに成立する一種の相対評価であることなどである。

 カントロヴィッチはさらに,最適計画法における解決乗数の発見という計算上のプロセスがある意味で市場価格の変動過程に酷似すると述べ,この過程と客観的な価値法則との親近性を展望する。最適計画論の論理的帰結として示されたのは,最適計画の双対問題に由来する客観的必然的評価指標が各生産企業の経済活動にとって経済的刺激の効果をもつだけでなく,同時にもし各企業がこの評価にしたがって自らの収益を最大にするように行動すれば,国民経済的規模での労働支出の最小化をも実現するというものであった。それはまさに夢のような構想ではあったが,内容的に検討すると極めて現実的根拠の薄弱なモデルであった。

 最後に,ソ連中央数理経済研究所のフェドレンコによって提唱された最適経済機能システム論が検討の俎上にあがっている。この理論は対象を部分と全体との有機的連関においてとらえるシステム的接近法に依拠し,社会主義経済制度を垂直的連関(中央計画機関-部門-企業合同-企業)と水平的連関(企業合同間,企業間の連関)との交錯する多段階的システムととらえ,このシステムのなかに経済資源の稀少性を前提に社会的有用性を最大の最大化をはかる最適経済機能システムをいかに構築するかを課題とする。さらにこの理論は社会主義経済を自動制御システムとしてとらえ,そこに内在する調整機構(商品=貨幣メカニズムの利用)をとおして生産物の需給調整が社会の構成員の好みと欲望を機敏に連続的に的確にとらえることができるとし,既存資源の効率的配分,各経済諸機関の利害関係をならし,社会構成員の物質的文化的欲望を充足させることができるとした。

 最適経済機能システム論は計画化のプロセスを上級の計画諸機関と下級生産単位との反復的調整としてとらえ,旧来の最適計画論の延長線上で経済諸資源と生産物価格が最適計画に内在する客観的必然的評価にもとづいて設定されなければならないとするなど,ただちに是認できない内容を有するが,これらの難点はその理論がシステム的接近法(システム分析,サイバネティックスなど)に依拠し,方法先行のもとで経済学や計画論の内容が与えられたことに由来する。

 筆者は次のように結論を与えている。一般にシステム分析,サイバネティックスは他の数理科学的方法と同様に,純粋思惟の産物ではなく経済学および計画論を含めた社会科学,さらに自然科学や工学などの個別諸科学の研究成果に多くを負うている。したがってシステム分析やサイバネティックスが逆に経済学と計画論にとって補完的な知識を提供することは十分にありうる。とはいえ,この方法の意義と有効性の基準は,それらが経済現象の本質あるいは総則の認識に具体的にどれだけ寄与するかにあるので,このことから離れてそれらの方法が経済学と計画論の基軸に座り,具体的対象の研究に代替することはありえない,と。

 筆者は末尾で数理科学的方法がその適用領域をわきまえて使用されるならば,十分な有効性を発揮する可能性を認めながら,この手法を過大評価した理論が法則を解明し,経済分析に重点をおいた従来の経済学を「記述的統計学」としてしりぞけ,それに代わる「構成的経済学」を標榜するにいたった経緯に懸念を表明している。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 濱砂敬郎「現代ソビエト数理... | トップ | 芳賀寛「国民経済バランス論... »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む