社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

上藤一郎「χ^2分布の史的考察」『統計学』(経済統計学会)第64号, 1993年3月

2016-10-17 15:02:12 | 4-2.統計学史(大陸派)
上藤一郎「χ^2分布の史的考察」『統計学』(経済統計学会)第64号, 1993年3月

正規分布, t分布やF分布とともに統計分布ではよく知られた χ^2分布について学説史的関心から考察した論文。筆者の問題関心は, χ^2分布の発見者が誰なのかということ, (否, それよりも)この分布はガウスが誤差法則として正規分布を導出した段階で必然的に発見されたという性格をもっていたこと, 誤差論が観測値の誤差処理を扱うという限定された領域を対象としていたかぎりでχ^2分布が陽の目をみなかったことの考証である。このことの解明によって, ガウス誤差論のもつ方法論的特徴の一端を明らかにすることが課題であると, 述べている。

最初にχ^2分布の形成史が概観されている。χ^2分布が有名になったのは, ピアソンが適合度検定にそれを用いたからであり, それによってピアソンこそがχ^2分布の発見者と思われていた時期もあったが, その説は現在では否定されている。筆者はいくつかの研究から, χ^2分布を発案した, あるいはその導出にいたったと思われる人物を列挙しているが, 重要なのは誰が最初であったかよりも, その分布が誤差論という狭い領域のなかでではあるが19世紀中葉に発見され, ガウスやラプラス以来の誤差論の伝統の延長で, その内容が豊富化されつつあった時期に見出されたことであるとしている。すなわち, 「正規分布からχ^2分布へと展開していく過程をよく検討して行けば, そこに誤差論の持つ一つの方法論的特徴が見えてくる」(p.13)のである。

 以上を踏まえて, 筆者は次にE.AbbeとF.R.Helmertのχ^2分布論を検討している。Abbeに関しては, 彼がガウスによって指摘され, 後続にゆだねた仕事の意義を認め, それをAbbeは解明したと,評価している。この「ガウスによって指摘され, 後続にゆだねた仕事」とは, ガウスにあっては, 観測値の制度を評価する際に必要なのは, 誤差の平方和あるいは平均平方誤差であり, その誤差分布についての考察であったが, 彼が実際に求めたのは誤差の確率分布で平方誤差の確率分布ではなかった。ここで誤差の確率分布であれば観測値系列から最確値を最尤法で推定できるが(その目的は所与の観測値において誤差が最小となる推定値の算定で, 誤差の排除である), より精度の高い観測値系列から求められた推定値をいかに評価するかという問題への接近にとっては平方誤差が重要となるとの示唆であった。Abbeがこの問題にとりくんで, 成功した。

Helmertもガウスの誤差分布を出発として, χ^2分布を導出した。Helmertは, 精度定数を平方誤差の利用によって定義し, 続いて精度定数を定式化し, 偏差平方和の生起する確率をもとめる式を導き出したが, これが自由度nのχ^2分布に従う。さらにHelmertは, 観測値の平均を用いたときの偏差平方和が自由度(n-1)のχ^2分布を考察した。Helmertが到達した, 最尤法を用いて分散をもとめるこの推定量は不偏推定量であるが, 彼にあってはここにおいて母集団と標本とでは統計量の扱いに違いがでてくることの認識にいたり, それゆえに自由度(n-1)のχ^2分布(標本分布)をもとめるにいたった, と理解できる。このあたりの議論は, 誤差論, 分布論の細かな内容を前提として執筆されているので, わかりにくいところもあるが, 丁寧に読めば, 筋を読み取れる。

 筆者は以上をまとめて, χ^2分布が観測誤差を問題とするならば, 必ずその発見にいたること, その必然性は正規分布のなかに内在するので, χ^2分布の発見はガウス誤差論の展開過程の当然の帰結であること, 平方誤差の確からしさを評価する分布の解明というAbbeとHelmertによる業績がこのことの証左に他ならないこと, に言及している。くわえて, 誤差の捉え方が, それを不要なもの, 排除すべきものとみなされていた次元から, それを必要なもの, 分析のなかにとりこまなければならないものとする認識次元への移行があり, そこにガウス流の誤差論と近代数理統計学との分岐点をみている。筆者のこの学説史的視点は, 注目に値する。
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