社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

杉森滉一「ヴェンの確率基礎論」『統計学』第18号,1968年

2016-10-18 16:52:14 | 12-3.社会科学方法論(確率基礎論)
杉森滉一「ヴェンの確率基礎論」『統計学』(経済統計研究会)第18号,1968年

 本稿はJ.Vennの確率基礎論を Logic of chance (1866)の第4版(1888)と The Principles of Empirical or Inductive Logic (1889)により,紹介し,その意義を論じたものである。ヴェンは確率論史のなかでは頻度説の代表論者の一人としてとりあげられ,一般的な理解では確率を相対頻度の極限値と規定しただけのように扱われることが多いが,果たしてそうなのかというのが筆者の問題意識である。この問題意識のもとでヴェンにおける頻度説の形態はどのようなものであったか,それが頻度説,確率基礎論の歴史にいかなる意義をもったのか,これらが本稿の課題である。

 周知のように頻度説の立場にたったミーゼスは,一つの属性に関して①相対頻度の極限値と②分布の無規則性とを備えた集団現象をコレクティフと規定し,その説明原理を確率論にもとめた。この説は二面性をもつ。一つは確率数理に一種の形式性を認め,それとは別に確率数理がよってたつ経験的対象の規定を強調したことである。コレクティフが抽象されることで,特定の物質の運動形態は実質的に規定され,確率論の適用対象はそこに限定された。しかし,このことは他面で現象,経験を絶対化する認識論上の立場にたち,コレクティフが存在するための客観的構造,原因機構の究明がそれによって遮断された。頻度説の経験主義的側面を払拭し,確率基礎論のさらなる展開が必要な所以であるが,そのためには頻度説のもつ意味が明らかにされなければならない。これはミーゼスの学説がどのような系譜を経て出現したかを究明することでもある。ヴェンをとりあげる理由はこの点にあり,ヴェンの学説はそれにふさわしい多面的内容を含んでいるという。

 内容が難しいので,以下,筆者の紹介をピックアップしながらヴェンの学説を要約することにする。ヴェンは確率の基礎概念が系列すなわち事象または事物の連続ないし集合体であるとする。確率論の対象は系列一般ではなく,特定の性質(個別的不規則性と総体的規則性)をもった系列である。この系列における個別的不規則性と総体的規則性は,「事象系列」とヴェンが名付けたもので,系列の構成要素に部分的に共通するある属性が究極的に事例全体のある割合におちつくことを差して言う。このような事象系列には,①運任せゲームの結果,②同種多数の観察結果,③同一物の多数測定結果の三種類がある。これらのうち,①のみが確率論の理想的な対象で,②③は近似的な対象である。

 ヴェンはこの説を,確率の内容を主観における知識ないし心理的信頼であるとする主観的諸説に対立させている。ヴェンが強調するのは,推理の正当性の最終的根拠が経験にあり,経験と切断して信頼を云々することの無意味さである。ヴェンにあっては,主観に知識状態に確率を依存させるのは誤りであり,主観の側に確率を考えるとしても,主観をしてその様に思い込ませる経験の側における根拠が何かを究明しなければならない。確率の意味を問うには経験的世界との対応ということが根本問題であり,そのために頻度が媒介になる。ヴェン確率基礎論の意義は,経験世界と確率数理との対応をつけようとし,現象世界から事象系列を確率論の対象として抽出し,特定の客観的事物に確率を認め,そのような事物に特徴的な構造を明らかにする道筋をつけたことである。この方向は,経験主義に立脚するが事象系列をより詳細に規定しコレクティフを導出したミーゼスに継承される。

 ヴェンの確率基礎論が提起したものは,これだけではない。確率が事象系列全体に言われるもので,それの主観による受け取り方が信頼であるという上記の議論をさらに一般化し,様相(modality) をも頻度=確率の観点から解釈する。様相は,判断について,その確実性による分類である。ヴェンは様相の本質が信頼ないし確信の程度を区別することにあるとし,それを総て頻度に還元した。

 またヴェンは確率論の推理機能を一般的に問題にし,帰納法との関係を論じている。ヴェンによれば,経験的世界から事象系列を抽出し,そのなかで相対頻度を規定するのは貢納法の課題である。事象系列にみられる統計的規則性は,帰納法によって得られる。確率論はそれを受け,爾後の推理を担う。両方法は協働的である。推理の過程は,事物についての確実な知識の獲得が目的である。この過程は,①単なる推定,②仮説ないし理論,③事実三段階がある。確率が担うのは,②である。確率論による認識は,材料として統計的規則性しか得られない場合の不完全な中間的認識である。

 筆者は最後にヴェンの学説上の継承関係を読み解く。まずミーゼスとの関係,続いてライヘンバッハ,ケインズとの関係である。ヴェンは経験論者で,特定の物質構造としての事象系列ならびにその属性としての確率という意識は希薄であるため,専ら現象的に頻度の極限値イコール確率という規定の強調にとどまった。このため現象が確率現象であるか否かがどうしてわかるのか,それを決定する徴証が何かという問題に回答を用意できなった。こうした経験主義に固有の宿弊は,ミーゼスにも特徴的であった。
 またヴェンは確率の実体としての頻度を現象的に解釈する結果,客観的過程にあった確率が簡単に「方法」に転化する。事象そのものの確率から事象の判断の確率へと主題は,拡張される。事象の確率だけでなく一般的認識の確率を問題設定し,これを当該命題が経験と合致するかしないかの頻度に還元したのは,確率主義者のライヘンバッハである。筆者はヴェンとライヘンバッハとの異同と継承関係を指摘している。

 最後はヴェンとケインズとの関係であるが,ヴェンは確率を伝統的な帰納法の枠のなかに位置づけたが,ケインズはヴェンの確率基礎論が狭すぎるとして(統計的頻度に還元できない probable なケースがあることを強調),帰納法そのものを基礎づける新たな確率論の構築に向かった。ヴェンは方法として確率論を論じることで,判断の確率をも頻度で測ろうとしたのに対し,ケインズはそれが頻度とは別のより一般的論理的関係図式に包摂されること,そしてこの図式が帰納法の不確実性の処理を含むことを説いた。また,ヴェンは事象の確率,その事象について思考する主観における確率,一般的認識の信頼性としての確率という順序で問題をとらえ,それらをすべて頻度に還元したが,このことを考えるとヴェンはケインズが記号論理学に触発され,命題間の論理的関係について確率を考えるその直前の点まで基礎論を展開していたと言える。

 ヴェンの確率基礎論は視野が広く,その後の種々の発展方向の萌芽であった。
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