社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

伊藤陽一「日本における社会統計学の成立」田中章義・伊藤陽一・木村和範『経営統計学』北海道大学図書刊行会,1980年

2016-10-08 21:47:16 | 11.日本の統計・統計学
伊藤陽一「日本における社会統計学の成立」田中章義・伊藤陽一・木村和範『経営統計学』北海道大学図書刊行会,1980年

 日本の社会統計学,とりわけ蜷川統計学の系譜を,俯瞰した論稿。全体的見取り図が要領よく整理され,本質的な事柄が的確におさえられている。筆者の手際よさが如何なく発揮されている。

欧米から輸入された社会統計学は,日本の社会科学の土壌に根付き,独自の発展を遂げた。蜷川統計学は戦前において最も整備,体系化された社会統計学であった。その後継者による研究は個別的には目覚ましいものがあったが,学問体系化の作業としてはみるべき成果が出ていない。統計学の学問的性格に関して,蜷川の主張した方法科学説を克服しえていない。こうした事情を吟味するため,筆者は後半で蜷川理論の評価を要約し,統計学=方法科学説の批判的検討を行っている。

構成は「日本の統計学」「蜷川虎三の統計理論」「蜷川理論の評価と批判」「統計学=社会科学方法論説の検討」となっている。     

 「日本の統計学」は日本の近代統計学の発展を5期に区分し,各時期の特徴を要約している。最後に経営統計学が付論としてある。統計学の発展区分は,幕末から明治にかけての時期(第1期),産業資本確立期(第2期),金融資本確立期(第3期),第二次世界大戦(第4期),戦後(第5期)である。

当初はドイツ社会統計学の影響が非常に強かったこと。このことは,紹介されている翻訳,研究業績などから知ることができる。相対的に独立した統計学が実を結ぶようになるのは,第3期である。高野岩三郎あるいは蜷川虎三の統計学である。戦時中,社会統計学者は苦節をしいられたが,それでも大原社研が刊行した『統計学古典選集』,小島勝治による中世日本の統計思想研究(小島は中国で戦病死),大橋隆憲によるマイヤー『統計学の本質と方法』(1943年)が残された。他方,数理統計学は軍部との協力があり,「発展」を遂げた。文部省「数理統計研究所」が,陸軍兵器行政本部の肝いりで設立された(1944年)。

敗戦後の特徴は次のとおりである。①英米数理統計学の跋扈,②戦時中,逼塞を余儀なくされた社会統計学者による戦後統計制度の確立。特筆すべきは,社会統計学の優れた業績が公にされたことである。代表的なものをあげると,以下のとおりである。大橋隆憲による推計学批判,数理的方法の経済学への応用に対する山田耕之介,広田純,是永純弘の批判,上杉正一郎による政府統計批判,統計の組み替え・加工による実証分析(山田喜志夫,大橋隆憲,戸田慎太郎など),ソビエト統計学論争の紹介(有澤広巳,内海庫一郎,大橋隆憲),統計学史研究(松川七郎,有田正三,足利末男,吉田忠)。

 これらとともに,③社会統計学の体系化が,蜷川統計学批判として進められた。先鞭をつけたのは内海庫一郎である。大屋祐雪,大橋隆憲,木村太郎も関わった。④統計数字を一つの歴史的資料として編纂する作業も行われた。一橋大学経済研究所『解説日本経済統計』(岩波書店,1953年),日本統計研究所『日本経済統計集』(日本評論社,1958年),大川一司他『長期経済統計』(全14巻,東洋経済新報社,1965年~),松田芳郎『データの理論』(岩波書店,1978年)。

 「蜷川理論の評価と批判」は,次のような内容である。「(1)研究の経過」「(2)研究上の観点-統計利用者の立場」「(3)統計の<理解>」「(4)統計方法-統計調査法と統計解析法」「(5)集団論,①2つの集団の区別,②存在たる集団,③意識的に構成された集団,④純解析的集団,⑤単なる解析的集団-時系列」「(6)統計の正確性と信頼性」「(7)統計学の性格-方法科学」。この節で筆者は,蜷川虎三の略歴と研究経過の説明からはじめ,利用者の立場からの統計学を意図した蜷川統計学とその諸概念,すなわち大量,大量観察,統計調査法,統計解析法,存在たる集団と意識的に構成された集団,純解析的集団,単なる解析的集団,統計の正確性と信頼性など,要するに蜷川統計学の基本概念の解説を中心に解説している。

「蜷川理論の評価と批判」で筆者は,蜷川統計学の特徴と批判の論点をまとめている。
特徴は次のとおり。①統計利用者の観点を打ち出し,体系化したこと。②「統計の信頼性」の概念を析出し,これを統計の階級性と結び付けたこと。③統計の実体としての大量を規定し,それを基礎に統計方法,統計の理解・批判を行ったこと。④統計的集団から純解析的集団と単なる解析的集団を分離し,数理解析の適用限界と得られる統計的法則の意味の違いを示したこと。
批判点として掲げられているのは,次のとおりである。①蜷川体系で終局目的であるのは統計解析による「統計的法則」を求めることであるが,このことと科学的法則の認識との関係が不明である。②蜷川が2つの集団を規定したことの意義は大きいが,反面,これらの集団はそれぞれの統計方法(大量観察法と統計解析法)を前提として規定され,そのことが一つの欠陥になっている(二元論的構成)。③統計科学を方法科学としているため,統計の社会的規定性が体系化されず,蜷川体系自体が全体として形式的なものになっている。

最後は「統計学=社会科学方法論説の検討」である。「統計学=社会科学方法論説」を正面から批判的に論じたのは,大屋祐雪である。大屋が言わんとしたことは,統計学が社会科学であり,その他の社会科学のための方法論という性格のものではない,すなわち,統計学自体が一つの実質科学である。統計学の対象は,統計作成という社会的行為とその結果である統計であり,統計学はそれらの歴史的規定性を明らかにすべきである,というものである。

 筆者はこの見解に対し,蜷川を含めた社会科学方法論派が統計作成過程や統計の歴史的規定性を見ないと言うのは事実に反するし,蜷川体系を垂直的反映論と規定している点(大屋は自説を水平的反映論と述べている)も理解できないとしている。しかし,統計や統計作成過程を対象とし,その社会的・歴史的規定性を明らかにすべしという主張に賛意を示し,さらに統計作成過程を単なる認識過程と見ず,それ自体を歴史的・客観的に考察すべきという点に同意している。

 筆者によれば方法論説の欠陥は,現実の統計的認識過程が一般的理論的技術的側面と社会的側面との統一であるのに,このうちの一般的形式的側面の規定性を専ら問題としていること,統計的認識過程の一般的形式的規定を体系化することが中心なので,統計学を社会科学方法論や認識論に還元する傾向があること,たとえ社会的規定性がとりあげられても,その学問体系に取り込めず,単なる留意にとどまる場合が多いことをあげている(大橋隆憲,木村太郎によって蜷川統計学の難点は自覚され,その体系的克服の努力がなされているが)。さらに,方法科学としての統計学は,社会的集団それ自体をあるいは経済現象を研究できないのかという問題も指摘している。

 筆者の結論は,次のとおりである。統計的認識過程は一般的・技術的側面と社会的側面とに分けることができ,そのうちの前者の規定性を統計方法,後者の規定性を統計の社会性と名づけ,両者の統一を統計様式とする。統計学の対象は,この統計様式である。統計の利用方式は,統計資料論にとどまらず,経済現象の研究様式あるいは認識様式と一体をなすものである。この認識様式は,認識手段,認識対象によって規定され,さらに対象の認識結果が認識手段に転化する関係にあるのであるから,認識対象と認識様式の区別は相対的でしかない。
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