社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

横本宏「生計費研究における現代的課題-家計調査の問題を中心に-」『研究所報』第6号,1986年3月

2016-10-16 11:34:57 | 10.家計調査論
横本宏「生計費研究における現代的課題-家計調査の問題を中心に-」『研究所報』(法政大学日本統計研究所)第6号,1986年3月(「家計研究における現代的諸問題」『現代家計論』産業統計研究社,2001年)

 本稿の課題は,第一に生計費の今日的研究にとって何が固有の問題であるか,どのような研究が必要とされているかを示すこと,第二にエンゲルの生計費研究の遺産について継承されるべきものは何か,克服されるべきものは何かを検討すること,としている。筆者は,この稿で,2つの課題を試論の形で解明している。

 生計費研究の画期的業績として知られているのは,エンゲルによる家計簿にもとづく家計調査である。エンゲルは,それ以前のル・プレなどにみられた個別世帯の単なるモノグラフ的な調査(インテンシブな調査)では労働者階級の生活実態を把握できないとして,家計簿によるエクステンシブな調査によってこそ,それが可能であるとした。労働者家計の調査方法に家計簿を位置づけることは家計簿法と呼ばれ,それまでの財政的方法(消費に関するデータを国家とか地方自治体の租税報告から得る方法),行政的方法(公共造営物などの事務記録から得る方法)あるいは家計的方法(消費の主体から消費に関するデータを得る方法)と異なり,客観的で正確な実態を取得する画期的手続きと評価され,現在に至っている。

 しかし,このエンゲルの家計簿法は,ある種の矛盾を抱えている。家計簿はもともと私的なもので,他人に見せることを前提としない。とは言え,ひとたび統計調査のなかにそれが位置づけられるとなると,家計簿記入の形式,その精粗がバラバラでは調査として成立せず,しかもある程度の家計簿を集めるとなると形式や基準の統一性がはかられざるをえない。現に家計調査は,形式と記入方法を統一した統計調査になっている。これではエンゲルが当初意図した私的性格をもった家計簿を重視するという点が曖昧になってしまう。生計費の問題は個別・具体的にみてこそ,所在がわかるのであり,多数の家計の平均をとっても問題の所在はむしろ隠蔽されてしまう。筆者は現在,改めて必要なのは家計のインテンシブな調査ではないか,と問題提起している。(関連して階層別家計調査の意味を示している)

 生計費の実態把握と言う面から見ると,現在の家計調査にはエンゲルの時代にはなかった大きな問題を抱えている。それは家計がいわば3つの財布(岩田正美の表現)をもっており,一つは世帯単位の財布,二つは他の世帯や個人と共同の大きな財布,三つは世帯の個々人用の小さな財布である。エンゲルの時代には最初の財布を調査することで十分であった。二つ目の財布はいわゆる「こづかい」である。使途不明とされるこの部分は絶対額でも比率でも家計の主要支出項目のなかで大きなウェイトを占めているのが現代である。国民生活センターは,この部分にメスを入れた研究を公にしたが(『サラリーマンのこづかいと生活』光生館,1980年),現代の労働者階級の生計費調査は,単一の家計簿に基づいた家計調査では,すでにたちゆかなくなっている。

 岩田のいわゆる3つ目の財布からなされる消費は,未開拓分野である。この部分は,税収を財源とした,生活の社会化を前提とした共同的消費である。人間は社会的存在であり,いかなる個別的家計も社会とのかかわりを抜きに語れない。その意味で生活の社会化は古来,存在する。しかし,現代のそれは資本主義的に再編されたそれであり,ここから種々の問題が派生する(生活の不安定性の累積,生活破壊)。筆者は例として,水道利用,森永ヒ素ミルク事件を挙げている。

 共同消費が共同の大きな財布からの支出によることと関連したもう一つの大きな問題は,国民は本来,納税による財政運営について,その仔細を容易に知る権利をもつが,実際の予算配分は大蔵省(当時)と各省とのいわば密室的な交渉で実施されているということである。あるいはもっと直截に,大蔵原案(予算)は大蔵省が主導し,要求限度に縛られた各省庁別の要求額の交渉で決まるのである。そこでは,大蔵省と議会との関係は完全に反故になっている。

 以上は,生計費調査の面からみた生計費研究の現代的課題である。それでは,これを生計費分析の面からみたとしたら,どのような課題が浮かびあがってくるだろうか。
エンゲルの大きな功績はエンゲルの法則,具体的には貧富の差,生活水準を測る指標としてのエンゲル係数(生活費全体にしめる食費の割合)の提示である。とはいえ,この法則は絶対的なものではないことが,エンゲル以降,縷々指摘されるようになった。

 筆者があげるのは5点である。第一に,食料品と他の生活手段の相対価格が変化すると,この法則は成立しない。第二に,基本的な生活様式,生活条件が変わるか,あるいは相互に異なれば,この法則は成り立たない。第三に,実際に戦後の一時期,生活が悪化しているのに,エンゲル係数が低下するというエンゲル係数の逆転現象があった。第四に,人間は消費に対する裁量に自由度があり,食費を切り詰めても文化的欲求とか,他の費目を優先させる行動をとるケースがあり,これをエンゲル係数で一義的に測れない。第五に,エンゲル法則それ自体は社会的原因の解明に意義をもつわけではなく,元来,貧困問題とか生活水準の問題は単に生計費に,ましてやその構成比に還元できない。エンゲル法則の意義そのものは,エンゲルの時代と今日とでは大きく異なっている。今日の生計費分析では,家計収支項目の仔細かつ具体的な分析が必要であり,その際,拡大する「雑費」の中身を問うこと,中身のひとつひとつを現代的生活の諸条件にてらして理解することが重要である。

 生計費分析の歴史のなかで,必需的支出と奢侈的支出との区分けの問題に,問題提起をしたのはアレンとボーレーである。筆者はここで彼らによる生計費における支出の緊急度の研究(弾性値による家計費目の試算と分類)の概要を解説し,その延長線上で昭和54年版『労働白書』が年功賃金体系の再検討のために,費目の弾性値をはじき出し,支出項目を分類した事例を引き合いにだし,次のような評価を与えている。すなわち,そのような数量的指標は,一つの目安にすぎず,必需的とか,奢侈的とかの問題は,さまざまな社会的条件との関係で規定される場合もあるから,そうした条件の差違を無視した平均値の数量的解析では役に立たない,重要なのは歴史的・社会的諸条件との関連から生計費支出項目について理論的な再検討を加えることである,と。

 最後に筆者は,エンゲルの残した遺産のなかから「限界数字」と「消費単位」をあげ,前者はこの当時の人事院標準生計費の算定に使われているとしたうえで,後者は積極的に継承すべきなのに忘れられているとして,その意義を述べている。消費単位とは,簡単に言えば,生計費を比較する際に,家族の人数が同じでも家族構成,家族の発達段階の違いを無視するのはおかしいので,このような要因を共通の単位に還元し,相互比較可能になるようにエンゲルによって考案されたものである。日本ではこの考え方は,労働科学研究所による1950年のデータを使った試算,女子栄養大学が食料費の消費単位について行った試算があるくらいである。筆者は,生計費研究の現代的課題のひとつに消費単位の復権とその再研究があるとして,この消費単位作成の方法上の問題に言及している。
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