社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

菊地進「計量経済モデルの歴史的展開について-モデル・ビルディングの方法をめぐる対立とその変遷-」『統計学』第43号,1982年9月

2016-10-18 14:27:48 | 12-2.社会科学方法論(計量経済学)
菊地進「計量経済モデルの歴史的展開について-モデル・ビルディングの方法をめぐる対立とその変遷-」『統計学』(経済統計研究会)第43号,1982年9月

 計量経済学の歴史はモデル・ビルディングの方法の歴史であるという観点から見ると,そこに認められるのはどのような方法が採用されるべきかをめぐる対立と混乱の歴史だったとし,結局いかなる方法をとるかについての判断基準のなかったことが計量経済学の方法的破綻に帰結したというのが,筆者の問題意識である。この問題意識のもとに1940年代後半から50年代にかけて論争となった同時方程式モデルと逐次近似モデルとの対立を考察したのが本論文である。

 全体は2つの節に分かれている。一つは「『疾風怒濤の時代』のモデル・ビルディング」との見出しを冠し,(1)二変数回帰法の適用をめぐるH.ムーア(H.Moore)とH.シュルツ(H.Schultz)との相違,(2)W.レオンチェフ(W.Leontief)による需給モデルの同時計測とR.フリッシュの批判(R.Frisch),(3)R.フリッシュの「合流分析」とT.ホーヴェルモの批判,の順序で議論が展開される。もう一つは「『方法論的反省期』のモデル・ビルディング」で,ここでは(1)T.ホーヴェルモ(T.Haavelmo)による同時方程式モデルの開発,(2)コールズ委員会のメンバーによる同時方程式モデルの精緻化,(3)H.ウォルド(H.Wold)による同時方程式モデルと逐次方程式モデルの提唱という叙述の運びになっている。

 同時方程式モデルと逐次近似モデルとの対立の淵源は,単純回帰モデルのパラメータの推計をめぐるムーアとシュルツの考え方の相違にもとめられる。二次元の散布図上で完全相関を示さない経済統計から線形式を確定するために,両者は別々の方法をとった。ムーアは直線式の仮定を予測の観点から合理化し,被説明変数に関する平均線を確定する方法をとった。適用したパラメータ推定方法は被説明変数の方向にのみ偏差をとる最小二乗回帰法であった。シュルツはムーアと異なって方程式の妥当性を無条件に想定し,パラメータを精度よく推定する方法として直行回帰法(直線式に直角方向に偏差をとる)を用いた。パラメータ推定方法のこの相違は関数型の特定化の問題とかかわり,統計が完全相関を示さない以上,そこから安定的パラメータを確定しようすれば,実用目的を優先し,設定した方程式の妥当性の問題を問わないか(ムーア),特定の型の方程式の妥当性を無条件に前提するか(シュルツ)のいずれかである。

 シュルツの方法はフリッシュによって多変量に拡張され,ホーヴェルモによって同時方程式モデルへと形をかえた。この事情を簡単に説明すると次のようである。ムーアとシュルツによる単純回帰モデルの計測の試みに共通したのは,両者がともに計測に先立ち種々の要因の影響を除去する名目でデータの加工を行ったことである(相関係数の動きで判断)。しかし,このような方法をとると変数の理論規定は曖昧にならざるをえない。多変数方程式は,この問題を回避することが目的であった。すなわち,それは種々の要因を一定の変数として明示的にモデルに組み込むものであった。モデルの妥当性は重相関が1に,方程式の標準偏差がゼロに近くなるかで判断されたが,そうなることはありえない。そこでパラメータの推定にあたっては直行回帰法の多変量版である対角線回帰法が適用された。

 ここで新たな問題が生じた。多重共線性のそれである。上記の基準をモデルの妥当性のそれとして用いると,説明変数間に高い相関がみられた場合,そこにも線型方程式が存在し,それが説明変数部分に合流しているとみなさなければならなくなる。回帰係数は,不安定になり,モデルの計測が不可能になる。フリッシュはそこで,多重共線性を発生させる変数を発見するバンチマップ法を開発した。しかし,説明変数間に別の線形式が重なりあう場合,その別の線形式の計測がどうなるのか。また,線形式の重なりあいがあると,回帰式をもとめても架空の関係式しかえられない。つまり単一方程式アプローチではどのような計測法を使っても計測結果が計測対象としての関係式であることを認定することができない。

 ホーヴェルモは方程式の合流問題を一般化することによって単一方程式アプローチの難点を詳らかにし,複数の方程式の同時計測を可能にする同時方程式モデルを考案した。このモデルは計測可能な複数の関係式をあらかじめ連立方程式として設定し,それらのパラメータを同時推定する。筆者の説明によれば,ホーヴェルモがとった措置は,モデルに含まれる変数をモデルが説明しようとする経済システム外の要因によってその動きが決定される変数(外生変数)とシステム内の要因によって決定される変数(内生変数)とに区分し,後者を前者と誤差項とに関して解くことで得られる誘導型方程式のパラメータをあらかじめ最尤法で推定し,それを変数変換することで原モデルのパラメータをもとめるというもの(誘導型最尤法)である。同時方程式モデルの開発は,モデルの妥当性の前提への懐疑を回避するために考案されたものに他ならない。

 ホーヴェルモによって開発された同時方程式モデルは,その後ラグ付変数を含む形でより一般的に定式化され,さらにクープマンス(T.C.Koopmans)などシカゴ大学コールズ委員会のメンバーによって,モデルの認定方法やパラメータの推定方法の面で,一層の「精緻化」がはかられた。筆者はこれらのうち,とくに認定方法の問題をとりあげ,この問題が解決される方向が形式化していく経緯を考察している。ホーヴェルモがとった上記の方法が適用されれば,複数の関係式が同時推定され方程式の合流問題が消滅する。しかし,この方法が採用されれば必ずモデルの計測が達成されるわけではない。誘導方程式のパラメータから構造方程式のそれをもとめるには,当期の内生変数の個数と,ラグ付内生変数および外生変数の個数とが一致しなければならない。そこでホーヴェルモは変数の個数間の関係を詳細に整理して構造方程式のパラメータを確定する条件を明らかにした。そして,この条件をもってモデルの認定条件とみなし,モデルはあらかじめ認定条件を満たすように設定されなければならないとした。ここにモデルの認定の問題が変数の個数間の関係という形式的問題に矮小化されている事実を認めることができる。筆者は認定問題のこのような形式化が可能なのは,モデルの妥当性をその計測以前から無条件に前提しているときのみであると断定している。

 ホーヴェルモの同時方程式モデルへ至る計量経済学の発展方向に異議を唱えたのは,ウォルド(H.Wold)である。ウォルドによって同時方程式モデルに代わるものとして提唱されたのは,逐次方程式モデルである。ウォルドの主張によれば,モデルの計測にとって重要なのはパラメータの推定が予測目的に適うものなのかどうかであり,この目的に照らすとパラメータの推定には,直交回帰法や対角線回帰法よりも,被説明変数の方向にのみ偏差をとる通常の最小二乗回帰法を用いるほうがよい。また同時方程式モデルの計測方法である最尤法に関しては,誤差項の確率的仮定が現実妥当性を持たないという理由で退けられている。逐次方程式モデルは,このような条件を満たすものとして提唱された。このモデルは連立方程式体系の係数行列が三角行列をなしているところに特徴があるが,このモデルは説明変数が最も少ない方程式を最小二乗法で確定し,その方程式から算出される被説明変数の数値を用いて今度は説明変数が次に多い方程式を同様に最小二乗法で確定するという操作を繰り返すことで計測される。ウォルドにあっては,モデルの計測という実用目的にそって合理化することが一切の議論の前提で,したがってモデル・ビルディングの方法においても予測の利用可能性という点が第一の条件であり,モデルの妥当性に関する問いは棚上げされることとなった。

 筆者の結論は,「同時方程式モデルも,逐次方程式モデルも,その科学的意義を積極的に示すだけの内容をもつものとなりえず,いずれの方法を採用するにしてもその正当性に無条件に信頼をおく以外になかったのである。そして,その結果,その信頼を堅持するために意見の対立が生じてきた」ということである(p.68)。
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