社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

高橋政明「わが国におけるケトレー研究」『統計学』(経済統計研究会)第29号,1975年3月

2016-10-17 11:25:33 | 4-2.統計学史(大陸派)
高橋政明「わが国におけるケトレー研究」『統計学』(経済統計研究会)第29号,1975年3月

 筆者は戦前と戦後(この論文が書かれた1970年代半ばまで)にわけて,日本のケトレー研究を整理し,コメントを加えている。

 戦前の研究は高野岩三郎「アドルフ・ケトレーと犯罪統計論」(『法学協会雑誌』23巻12号),「ケトレーと唯物論的見解」(大原社研研究雑誌1巻1号)と財部静治「ケトレーノ研究」(有斐閣)によって代表される。高野は「アドルフ・ケトレーと犯罪統計論」は,筆者の知るかぎりでは日本のケトレー研究の嚆矢で,ケトレーの『人間に就いて』(1835)の3編3章「犯罪傾向の発達」を紹介している。また,「ケトレーと唯物論的見解」では同じく『人間に就いて』の緒論を全文にわたって引用し,ケトレーが人間社会の現象を大量観察法で研究し,法則の発見を意図したことを正当とみなした。高野は1942年にケトレーの「確率論についての書簡」の「第1編」「第4編」を訳出した。これらの2編を訳したのは,ケトレーの学問的立場(「第1編」の確率論=大数法則)とその手段方法(大数観察の具体的手続)がそこで明らかにされているからだと言うのだが,筆者は「第3編」の原因論が「第1編」「第4編」の橋渡しとして重要であると,書いている。

 もうひとりの財部静治は「ケトレーノ研究」を刊行したが,これはHankinsのAdolphe Quetelet as Statistician(1908)の翻案であるという。筆者は,恐らく新渡戸稲造がこのHankinsの著作を財部に紹介したのだと推察している。「ケトレーノ研究」の編別構成は,「第1章:統計学史上のケトレー」「第2章:中人論」「第3章:道徳統計論」「第4章:統計法」そして付録として伝記が載っている。このなかで財部はケトレー統計学の源流がドイツ国状論,イギリス政治算術の2つの流れにあるとし,Hankinsに基本的に依りながらも,独自の視点(たとえばケトレー統計学への経済統計論,人口統計論の影響をたどり,またその原因分類で自然的および社会的原因(攪乱的原因)という客観的分類と,本質的原因および非本質的原因という主観分類を混同していると指摘するなど)を打ち出している。戦前の業績ではほかに小川太郎「アドルフ・ケトレーと犯罪統計」,訳書『人間に就いて』における山村喬の解題,大内兵衛の『人間に就いて』の書評がとりあげられている。

 戦後になると,北川敏男が『統計学の認識』(1948)でケトレーを論じている。他に山本正「アドルフ・ケトレーの『平均人間』について」(1952),高岡周夫「ケトレーとマイヤー」(1952),佐藤博「統計学史におけるケトレーの位置づけに関する覚書」(1951)がある。足利末男『社会統計学史』の「序説」でもケトレーについての言及がある。山本はケトレーの「平均的人間」の理論の欠陥としてその自然決定論すなわち非歴史性を指摘しているが,それはこの時代の社会理論そのものの欠陥の反映だったとしている。高岡はマイヤーをとおしてケトレーを論じているところに特色があり, ケトレーにあっては数理統計学に発展しうる契機と社会統計学に発展しうる側面とがあったという認識を示している。そしてマイヤーの「精密社会学」の構想は, ケトレーの学問体系に社会現象に特有の方法を織り込む形で成立したということを強調して, マイヤーがケトレーの影響から抜け出ることができなかった事情を明らかにしている。佐藤の覚書は, グリースマイヤ「統計学史におけるケトレの位置づけ」(1951),ヤホト「ケトレと決定論における若干の問題」(1964)の論文の紹介である。足利はケトレーを氷解しながら,その欠陥をかなり厳しく強調しているが(社会科学の素養の欠如,社会的存在としての人間の把握の欠如), 筆者によればそうなった理由は足利が『人間に就いて』以降の,『社会体系論』(1848)をフォローしきれていないからではないか, としている。

 ケトレーの評価(社会に関する数量的研究とその方法的基礎としての確率論)は,彼をイギリス政治算術の系譜に位置づけることと関連している。筆者はドイツ国状論の系譜をケトレーにみることの重要性を説いている。この点に関して, 財部はその視点をもっていたものの,彼はその契機をケトレーが官庁統計調査の指導にあたったこと, 資料吟味を行ったことだけを見ている。国状論の影響は,それだけではなく,ケトレーの「社会物理学」の再構築をせまるほどのものであった(高橋政明「ケトレーの社会体系論」[1973])。また,ケトレーの一見「常識的」ともみえる統計論は,実は確率論の適用という発想の具体化において成立したものである(高橋政明「ケトレーにおける比較可能の思想と統計論」[1972])。ケトレーは確率論と社会との結びつきを考察した際,確率論=大数法則にもとづいて大数観察を主張しただけでなく,確率論=大数法則を適用できる条件をもあわせて検討した(高橋政明「ケトレーにおける統計学と確率論」[1974])。筆者は,今後の課題として,ケトレーの生きた時代のヨーロッパ,とくにベルギーにおける諸事情を明らかにすること,その中でケトレーが政治的,経済的,思想的,科学的な諸事件や諸問題にどのように対処して生きたかをあきらかにし,ケトレーの思想の形成過程を見ること,をあげている。
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