社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

岡部純一「物価指数論から物価指数体系論へ」『統計学』第56号,1989年3月

2016-10-16 20:28:03 | 9.物価指数論
岡部純一「物価指数論から物価指数体系論へ」『統計学』(経済統計学会)第56号,1989年3月

問題提起的論文である。キーセンテンスを抽出するかたちで,以下に要約する。

 物価統計指標の中心にあるのは,物価指数である。物価変動を指数化することは,異質な条件下で形成された各種商品の価格変動を構成要素とし,これを統一的な平均値に集計することである。指数化という集計操作を経てこの数値が規定されるのは,平均化される各要素の多岐的な拡散を前提するからである。したがって,指数化とは集計要素の統一的性格と拡散的性格という矛盾した性格を処理する操作である。

 物価指数論の系譜をたどると,当初は貨幣価値変動の測定という統計目的のもとで作成され,単一物価指数を追及する一元論が主流だった(ジェヴォンスなど)。しかし両大戦間期を境に多元的物価指数論が台頭する(ハーバラー,ケインズ)。ここで言う多元的物価指数論とは,異質な物価変動の多岐的動向を対象とする複数物価指数の設定と,その差違を追及する指数論である。この時期の多元論は,消費者選択理論にもとづく指数論の確立期に生まれた過渡的形態である。

物価指数論は現在,消費者物価指数論(CPI)である。CPIは消費者選択理論が意図した同一効用水準維持費用指数の上限を規定する物価指数とみなされ,しかも消費者に最も近い基本的取引領域での財とサービスの価格を対象とした指数である。CPIは生計費指数の性格を兼ね備えた混合指標であるので,従来その観点からの批判がなされてきた。しかし,それらはCPIを物価指標体系全般に位置づけた上での批判ではない。また,かつて蜷川虎三は物価指数論をマルクスの商品・貨幣論次元から検討したが,その内容は商品‐貨幣間の価値の同一性のみを基軸とした展開をとり,価格と価値の多岐的乖離を捨象したため,一元的指数論の域を出ることができず,多元論を包括する枠組みを持ちえなかった。

筆者は上記の問題意識をもちながら商品・貨幣論の論理次元にたちかえって(この点では蜷川と同様),物価指標体系全般を展望することを目的に,商品‐貨幣間の対立(同一性でなく)を基軸とした物価指数論を構想した。本稿は2つの章にわかれ,最初に物価指数論の一元論と多元論の基本的枠組みが示され,次いで価格と価値の多岐的な乖離の根拠に遡って把握し,この乖離が価格形成過程において動態論的に総合される。一連の考察は,多元論的指数論を再評価し,諸価格変動の差違とその動態に介在する様々な作用を具体的に理論化する最初の試みである。

一元論的物価指数論は,19世紀後半から第一次世界大戦にかけて,普及した。その時期の物価指数は,ほとんどが卸売物価指数で,指数化された物価水準の対象領域が限定されていた。しかし,実際には一元化された物価指数が多様に使われ,統計目的から遊離していると感じられた。にもかかわらず,卸売水準が主要な指数とみなされたのは,以下で指摘する「不定標準の諸前提」が暗黙のうちに承認され,指数の対象領域が多少偏っても,その「誤差」はとるにたらないと判断されたからである。

ジェヴォンスの一元論の枠組みは,以下のとおりである。まず物価指数の目的は,貨幣(金)価値変動の抽出である。そこには3つの前提(「不定標準」の諸前提)がある,すなわち,①物価の変動は貨幣側の変動と商品側の変動とに明確に区別可能なこと,②貨幣側の変動要因はある時間の経過後,全ての価格に同じように波及すること,③商品側の変動要因は互いに相殺されること,以上である。

蜷川虎三の物価指数論も,「不定標準」概念の延長線上での理論である。蜷川は物価指数を①貨幣価値または一般物価水準の貨幣量の変化を測定する場合と,②商品の特定量の価額変化またはある経済活動に必要な貨幣量の変化を測定する場合とに分けているので単純な一元論ではないが,①に力点があり,②を個別的・制限的としているので一元論と言ってさしつかえなく,「不定標準」の諸前提を基本的に受け入れている。

 同じ一元論であるが,伝統的な「不変標準」と区別される指数に,フィッシャーに代表される「通貨標準」がある。「通貨標準」とは,貨幣的取引総体に要する貨幣額の変化を尺度とした指数である。この指数は単一物価指数に収斂する一元論の性格をもつが,「不定標準」の諸前提を必要とせず,貨幣側変動要因だけを抽出することはしない。しかし,「通貨標準」の欠点は,貨幣的総取引を統一的に捕捉するため,物価水準の無数の多岐的な諸次元を網羅できないことである。

 多元論的物価指数論が本格的に展開されるのは,第一次世界大戦後である。多元論の要請は,大戦後に顕著になった各商品群相互間にみられる価格変動の方向と程度の多元的分裂であり,また卸売標準中心の一元的指数体系から分化・独立した「消費水準」の発達という客観的条件である。その多元論的物価指数論を担ったのは,ハーバラーとケインズである。ハーバラーは物価水準を,各購買主体が等効用と評価する財複合体と,購買する貨幣費用との比,つまり個人指数に分解した。考察可能な物価指数はこの個人指数か,せいぜい財複合体の類似するグループごとに平均した類型別指数へと分解され,多元化する。
ケインズの多元論はハーバラーの多元論を基礎としながら,物価変動の客体的分裂により接近している。ケインズは当時無反省に多用されていた卸売多元論的物価指数論水準と国内個人消費物価水準との乖離に着目し,この事態に論者の注目を集めるために一元論の批判に着手した。「不変標準」の諸前提に対するケインズの批判の論拠は以下のとおりである。
第一に,商品の相対価格の変動は互いに相関性を有し,非独立的なので,互いに相殺される根拠はない。貨幣側と商品側の変動要因は区別できない。第二に,貨幣側の変動はすべての価格に対して,同じように同じ程度で影響することはない。価格変動の波及の時間差,タイムラグが中心問題である。「不定標準」の諸前提は否定され,種々の価格水準の動きの不一致こそが社会的攪乱の証拠であり,同時にその尺度である。

ケインズの多元論は物価変動の客体的分裂に迫り,かつ時間的要因を導入することで物価変動の波及動態に生ずる多元性を追求し,動態論を展望したが,一元論の反証としての考察にとどまった。

 以上を踏まえて筆者は,一元論と多元論の両者を統一する構想を,マルクスの商品論・貨幣論を軸に検討している。問題とされたのは,①多元論の成立根拠,②動態的指数論の可能性,③「潜在的購買力能」(通貨価値変動)の統計的把握と物価指数の関連,④マルクスの商品論・貨幣論をもとに一元論と多元論を総合する構想,である。
以下,この観点からの筆者の独自の主張が展開される。内容はマルクスのテキストを読み解き,商品生産社会における商品の二重化(特殊的商品と貨幣商品)と両者の対立,矛盾を明らかにし,物価変動を多元化する要因として,価値を尺度し実現させる意識的過程(価値尺度行為)と価値と価格との恒常的乖離の意味を問い直すことである。そのうえで次の指標体系が提示されている。多岐的動向の指標(①商品の形成過程に内在する統一的動向を表現する社会的生産有機体の諸指標,②貨幣価値変動の統一的動向を表現する諸指標と多元的物価諸指標との乖離度,③多元的物価諸指標相互の差違,乖離度)と通貨価値変動の主要指標(①通貨供給量と貨幣消費因の流通必要性との関連を抽出する指標,②多数次元のお価格群について各々集約した多数の物価諸指標,③貨幣商品の「市場価格」を示す指標)がそれである。
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