社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

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泉俊衛「国勢調査」相原茂・鮫島龍行『統計 日本経済(経済学全集28)』筑摩書房,1971年

2017-01-25 17:01:42 | 11.日本の統計・統計学
本稿の目的は,日本の国勢調査の揺籃期から1970年頃までの経緯の要約である。全体の構成は次のとおり。「Ⅰ 国勢調査以前の人口調査」「Ⅱ わが国における国勢調査の展開:1.大正9年第1回国勢調査の実施,2.第2回国勢調査以降の経緯,3.国勢調査結果の概観」。

 日本での国勢調査は,大正9年(1920年)に第1回目が実施され,以来,戦中期に行われた臨時調査を別にすると,5年ごとの施行となっている。第1回調査にいたるまでには紆余曲折があったが,明治5年に全国一斉に行われた「戸口調査」,また明治12年に杉亨二が指導した甲斐国現在人別調,明治後期に東京市,神戸市などで行われた人口センサスが知られる。杉の甲斐国現在人別調は,国勢調査前史を語るならば触れないわけにはいかないが,これについては本書『統計 日本経済』の第1章Ⅲ節3項「明治12年『甲斐国現在人別調』の検討」で詳しく論じられているとして(鮫島執筆),紹介をそちらに譲っている。「Ⅰ 国勢調査以前の人口調査」は,これらのうち,明治後期の人口センサスに重きをおいた記述である。しかし,この計画は議会の解散による予算案のたなあげ,日露戦争の勃発で頓挫した。明治40年代になると東京市,神戸市など全国各地で市勢調査が試みられ,再度国勢調査実施の気運が高まった。筆者はこの頃に実施された,これらの市勢調査の時期,調査事項,調査方法を一覧している。臨時台湾戸口調査(明治38年10月),熊本市職業調査(明治40年4月),東京市勢調査(明治41年10月),神戸市臨時市勢調査(明治41年11月),札幌区区勢調査(明治42年3月),新潟県佐渡郡群勢調査(明治42年12月),京都市臨時人口調査(明治44年11月),第二次臨時台湾与口調査(大正4年10月)がそれである。それにもかかわらず,全国レベルの国勢調査は,戸籍簿による人口統計が作成されていたこと,予算の逼迫,国民への宣伝不足などの事情で,またしても実現されなかった。

生みの苦しみはあったが,第1回の国勢調査は大正9年(1920年)に漸くスタートした。民間(東京統計協会など)の要請,請願があり,社会経済の発展とともに諸般の施策や計画の基本として正確な信頼できる人口調査がもとめらるようになったことが背景にあるが,筆者はとくに軍事上の要請が大きかったと指摘している。ともあれ,国勢調査は明治35年「国勢調査ニ関スル法律」ならびに大正7年「国勢調査施行令」のもとに実施の運びとなった。調査事項は,(1)氏名,(2)世帯における地位,(3)男女の別,(4)出生年月日,(5)配偶関係,(6)職業および職業上の地位,(7)出生地,(8)民籍別または国別,の8項目であった。調査方法は世帯主を申告義務者とする自計式で,全国に202,770地区が設けられ,調査当日の調査員数は246,384人であったという記録がある。

 調査の結果,それまでの人口統計の不正確さが認識された他,性別・年齢階級別人口の統計,就業状態に関する職業別人口の統計,地域別人口の統計など,貴重な統計が得られた。

 国勢調査は10年ごとに実施されることになっていたが,社会の変化に対応するには機間が長すぎるとの認識のもと,大正11年「国勢調査ニ関スル法律」の改正案が提出され,中間年に簡易調査が行われることになった。以来,国勢調査は昭和5年,同10年,同15年と実質的に5年に一度の実施となった。昭和15年の調査は戦時体制下での実施となったため,戦争目的にこたえる調査が要請された。統計調査が全面的に戦争のために動員される不幸な時期に入る。このような事態のなかで,一般には国勢調査とみなされない「昭和19年人口調査」という臨時的調査も実施された(集計結果は大部分公表されず,詳細は不明)。

戦後の国勢調査は昭和25年に再開されたが,それに先だって(1)昭和20年人口調査[昭和20年11月1日実施],(2) 昭和21年人口調査[同21年4月26日実施],(3) 昭和22年臨時国勢調査[同22年10月1日実施] (4) 昭和23年常住人口調査[同23年8月1日実施]が次々と行われた。それぞれ目的があり,(1)は議員制改正に伴う議員定数を決めるためであり,(2)は失業対策の基礎資料を得るためである。(2)(3)は資源調査法にもとづいて施行された「人口調査」である。(4)は当時の連合国軍総司令部の指令にもとづく「配給人口調査」である。昭和22年3月に「統計法」が制定され,以降の国勢調査はこれにもとづいて施行された。

 戦後は25年調査以降,30年,35年,40年,45年と調査が継続された。各回の調査に付加された調査項目は漸次増加し,調査内容が拡充された。筆者はその内容を逐一紹介しているが,ここではその記述を省略する。

 「3.国勢調査結果の概観」では,人口増加と年齢構成の変化,人口の地域分布とその変化,就業者の産業・職業別構成の変化が適当な表の配置をともに示されている。掲げられている表は,次のとおり。「わが国人口の増加と増加率の推移」「人口の年齢(3区分)構成の推移」「労働力率の推移」「人口階級別都道府県の人口」「人口増加県の自然増加率と社会増加率」「人口減少県の事前増加率と社会増加率」「市町村数の推移」「市部,郡部別人口の推移」「就業者の産業(3区分)別割合の推移」「産業(3区分)別就業者の増加」「第2次産業就業者数の推移」「第3次産業就業者数の推移」「職業(大分類)別就業者数」。   
筆者は最後に国勢調査に使われた職業分類,産業分類に言及している。国勢調査施行の過程が同時に職業や産業についての分類体系の整備の過程でもあったという筆者の認識があるからである。
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