社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

広田純, 山田耕之介「計量経済学批判」『講座 近代経済学批判』東洋経済新報社, 1957年

2016-10-18 14:06:34 | 12-2.社会科学方法論(計量経済学)
広田純, 山田耕之介「計量経済学批判」『講座 近代経済学批判』東洋経済新報社, 1957年

 戦後, 計量経済学が日本の経済学界にで流入し, 新しもの好きの経済学者がこれに飛びついた。この論文は, 計量経済学がもてはやされたその時に, 逸早くその科学的根拠を問うたものである。内容はこの輸入学問をイデオロギー的に葬り去るのではなく, 中身に詳細に立ち入って問題点を抉り出している。ボリュームがあり, 内容的に濃密な論文である。

 四節構成で, 第一節では「計量経済学の歴史」が論じられ, 焦点はその発展の原動力が何であったのかを示すことであり, そのことによってこの経済学の特殊な性格を浮き彫りにしている。第二節は「計量経済学の理論」と題しているが, 内容はこの経済学が当初には理論に相当する体系をつくる可能性があったにもかかわらず, それを育てることができなかった(必要もなかった)ことが明らかにされている。第三節「計量経済学の方法」では, 初期の量的分析の段階から方法定立の段階に入った計量経済学の批判にあてられている。理論と方法とが一つになって計量経済学が構成されるのではなく, それらは歴史的な対応(理論から方法へ)である, というのがポイントである。以下で, 節ごとにパラフレーズするが, 長い論文なのでポイントを示すにとどめる。

 「計量経済学の歴史」では, この科学の定義あるいは目的の力点が, スタート時点から時間の経過とともに変化していったことが述べられている。すなわち, 計量経済学はその揺籃期には量的科学であるとの認識が一般的だったが(フリッシュ[R.Frisch], シュンペーター[J.A.Schumpeter]の引用がある), 次第に測定の科学であるとの認識に移行した。そして, さらに, それは統計的側面(統計的方法)を重視する傾向をもつにいたった。この点に関して重要なのは, 計量経済学が経済理論と数学, 統計学の単なる統一物ではなく, その統一には時間的順位(変数間の量的定式化[モデルの構成]→方程式の構成と係数の数値決定→仮説の検定)があること, 計量経済学は科学ではなく, 経済問題の処理過程ないしはその過程における処理方法全体の総称である, ということである。

 計量経済学の源は, 数理経済学(ローザンヌ学派に代表される)と市場予測(景気予測のための経済時系列の統計分析)である。具体的経済統計の経験的・統計的研究の普及には, 1917年, ハーヴァード大学に創設された経済調査委員会が果たした役割が大きく, その予測方法は経済理論を予定せず, 分析をすべて技術的に統計方法によって行うことが最大の特徴であった。計量経済学のその後の発展は, フリッシュの呼びかけで創設された計量経済学会の誕生, 機関誌「エコノメトリカ」の発刊(コールズの財政的援助のもと)によって現実のものとなった。学会は計量経済学のイデオロギー的中立性, 自然科学の進歩によって培われた科学としての客観性を標榜とした。この中立性と客観性はふたつながら, 計量経済学の将来を技術化の方向に固定化することになった。

 1933年は計量経済学による景気循環の解明が最初になされた年である。この年, ポーランドの計量経済者カレツキー(M.Kalecki)は景気循環で周期性をつくりだすシステムを一つのモデルに構成する成果を発表, その数か月後,フリッシュは経済システムが一定の初期条件から出発していかなる時間的変動過程をたどるか(波及の問題), 経済システムの本来の減衰運動がいかにして非減衰運動となり, 現実の周期を示すか(衝撃の問題)を明らかにした。カレツキー理論では, 周期的循環が経済システムの内部から生み出されるとしたのに対し, フリッシュ理論ではそれが外からの衝撃によるものとし, 経済システムは本質的に安定的で, 均衡状態に限りなく近づくとされた。両者の理論では, 経済システムの理解が決定的に異なっていた。この場合, 想定された経済システムの成否を判定する基準は, 経済システムの理論値が現実の循環によって得られる観察値にどの程度近似するかによる。詳細は本論文にゆずるが, フリッシュは, 不規則な衝撃の累積が規則的な循環運動をおこすことを数学的証明に成功したスルツキー(E.Slutsky)の研究成果をとりいれ(ユール[G.U.Yule]も独立で数学的証明に成功), 理論値と観測値との一致を判定基準とする技術的な形式性ですぐれたモデルを構築した。

 対極にあったカレツキー理論は経済理論としては優位にたっていたが, モデルの技術的構成で不合理が指摘された。この指摘は,計量経済学を構成する数学と数理統計学の2つの要素に着目してなされたものであった。以後, 計量経済学の発展は理論と現実との乖離をうめることではなく, カレツキー理論とフリッシュ理論とのやりとりのなかで課題として認識された微分定差混合方程式の解法問題に向かう。
 
1939年, ティンバーゲン(J.Tinbergen)は『景気循環理論の統計的検証(第一部「方法と投資活動へのその適用;第二部「1919-32年の合衆国の景気循環」)でフリッシュによってなされた経済理論の巨視的動態化の成果を受け継ぎ, これに当時ようやく系統的に経済学に適用され始めた多元相関分析をくわえ, 景気循環の統計的研究と数学的に定式化された巨視的動態理論の総合としての計量経済学研究を定式化した。筆者は計量経済学の方法論における現代的形態といわれるティンバーゲンの研究の特徴が, 経済理論との結合関係において, かつて主役を担っていた数学に数理統計学がとってかわったことである, と書いている(p.146)。

 ティンバーゲン以降の計量経済学の展開は, 近代経済学内部の一方での方法の開発と, 他方での経済科学の解消の過程である。筆者は1940年代のこの過程を, ティントナー(G.Tintner), デーヴィス(H.T.Davis), マルシャック(J.Marschak), ホーヴェルモ(T.Haavelmo), クープマンス(T.C.Koopmans), クライン(L.Klein), モディリアニ(F.Modigliani)など, 主としてコールズ委員会を活動の舞台とした論者の業績にみている。これらの研究成果が, 戦後の計量経済学の展開を準備した。

 次いで筆者は第二節「計量経済学の理論」で, 計量経済学の大きなテーマであった周期的な経済循環の研究が, その必然的な結果として生み出した巨視的分析と動態理論の歴史的性格に触れている。巨視的動態路論の説明では, カレツキーが論文「景気循環の巨視的動態理論」で展開したものが取り上げられている。カレツキー理論は巨視的動態理論として数学的に定式化された最初の自己完結的体系である。そこから知りうるのは, 計量経済学の研究では理論モデルをごく少数の変数で構成し, 未知数の変数の数に等しくなるようにそれらの関係を示す方程式を作ることが最初のステップである。計量モデルのこの規定は, モデルに一定化, 類型化をもたらさざるをえない。その際, 変数の選択は比較的少数の, 微分または定差方程式を構成するのが可能なものにかぎられる。しかも, この条件を満たすものとして, モデルが依拠するのは(フリッシュも同じ), ケインズ経済学の既存の命題である。モデルの構成は, その命題に従って対象領域が定められ, 変数間の諸関係が定式化されるにすぎず, そこに独自の経済学的問題意識があるわけではない。

 経験的常数の決定では, 問題は常識的に処理されている。使われる経済統計の信頼性は根拠がなく, いきおい「高級な」統計方法が用いられても, それから導出される数値的結果の妥当性は保証されない。以上を要約して筆者は次のように述べる, 「現実の経済を理論模型に組み立てることを前提として出発し, そのうえにあるいは確率論に基づく諸方法をうちたて, あるいは非線形微分方程式論を展開した以上, 計量経済学は理論としてではなく, 単に方法として発展の自己運動をつづけざるをえない段階に入ってしまった。計量経済学が経済諸現象や諸過程の本質に対する深く鋭い洞察に基づかず, 経済諸現象を単なる変数としてのみ規定し, その間の函数関係としてのみ経済諸現象をながめるという認識につらぬかれるかぎり, 計量経済学の発展は結局のところ応用数学の一部門への転化に帰着せざるをえなくなる」と(p.177)。

 第三節「計量経済学の方法」では, 計量経済学における方法の展開が述べられている。ここでは, 数理統計学の方法を適用して, 需要曲線を統計的に測定するとか, 景気循環に関する諸理論を統計的に検証するといった試みが, その都度, 方法の当否をめぐる疑問を生み, 「相関の物神崇拝」として, あるいは「統計的測定における『おとし穴』」として, 根強い不信が醸し出されてきた事情について指摘されている。経済時系列解析への相関分析適用の結果への不信などは, その好例である。続いて, 戦後期の計量経済学の確率論的定式化は上記の疑問や不信を背景に, 統計方法の一層の精密化をはかって追及されたが, この定式化によって問題がどのように形式的に解消されたのかが解説されている。計量経済学における統計的方法の展開では, 計量経済学がよってたつ前提(数理統計学の方法の適用)と,とらえようとする対象(経済現象)の本質にある根深いギャップが明るみにされている。

この要約では触れなかったが, 本稿のカレツキー模型, フリッシュ模型の数学的展開, 経済時系列へ回帰分析を適用し, 未知パラメータを推定した結果の解釈をめぐる混乱の説明部分, 計量経済学の確率的定式化の解説部分については(その結論部分については言及した), 多くの知見と慧眼が示され, 計量経済学の基本性格を理解するうえで示唆に富む。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 山田耕之介『経済学とはどん... | トップ | 是永純弘「計量経済学におけ... »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む