社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

近昭夫「A.A.チュプロフの統計学理論」『統計学』(経済統計研究会)第22号,1970年9月

2016-10-17 21:39:25 | 5.ロシアと旧ソ連の統計
近昭夫「A.A.チュプロフの統計学理論」『統計学』(経済統計研究会)第22号,1970年9月

筆者には,A.A.チュプロフに関する次のような論文がある。「『ノモグラフィア的科学』と『イデオグラフィア的科学』-A.A.チュプロフにおける統計学と統計的方法の意義-」(1967年),「A.A.チュプロフにおける帰納法と『統計的方法』」(1968年),「A.A.チュプロフの大数法則論について」(1968年),「時系列の安定性に関するA.A.チュプロフの見解について」(1969年),「A.A.チュプロフの相関理論について」(1970年)。本論稿は,それらを総括する位置にある。

 大陸派の数理統計学を牽引したチュプロフ(1874‐1926)の統計理論を検討したのが本論文である。主要論点が最初に示されている。
(1) イギリスの数理統計学のように直接,数学的方法の技術的な諸問題をとりあげるのではなく,統計学あるいは統計的方法とは何かという問題の考察から出発した。
(2) 統計的方法の特質を帰納法との対比で明らかにした。
(3) 統計的方法の論理的基礎である大数法則の意義を問うた。
(4) 統計的方法の適用による統計系列の安定性研究の意義を考察した。
(5) 相関論の体系構築を晩年に行った。

 チュプロフは,ヴィンデルバント,リッケルト流の学問分類を自身の研究の基礎に置いた。認識の対象である世界は多様で複雑であるが,人間の認識能力は有限である。したがって,人間の認識は現実の「単純化」「図式化」に帰着する。どのように対象としての世界を「単純化」「図式化」するかに応じて,科学は「普遍的なもの」に関する科学と「個別的なもの」に関する科学とに分けることができる。チュプロフは前者を「ノモグラフィア的科学」,後者を「イデオグラフィア的科学」と呼んだ。

 「ノモグラフィア的科学」の特質は「世界の無限性」を普遍的概念で把握すること,「いつでもどこでも」妥当する諸現象間の因果的関係を探求することである。これに対し,「イデオグラフィア的科学」は,世界の一定の時間と空間における精確な状態の記述を課題とする。「ノモグラフィア的科学」と「イデオグラフィア的科学」の関係に優劣はなく,相補的である。この際,一定の幅をもつ時間的および空間的規定によって与えられるものは「集団」である。
統計学と統計的方法に関して言えば,前者は「イデオグラフィア的科学」に属し,集団を記述することを課題とし,後者は集団を手がかりに現実の因果関係を解明することを目的とする。「集団」は統計学にとっては「自己目的」であるが,統計的方法にとっては「目的のための手段」である。

 この統計的方法は,対象の因果的関係を探求するための独自な研究法である。この点で,それは帰納法と同等である。帰納法の可能性は,原因の多義性と結果の多義性とにかかわる。帰納法は因果関係にある2つの現象について,その諸要素が全て数え上げられることが前提となる。しかし,実際の研究では,そのような事情は稀で,原因と結果との関係は,帰納の諸方法が期待するように一義的でなく,多義的である(「原因の多数性」「結果の多数性」)。「結果の多数性」は「原因の多数性」とともに確率論と密接に結びついている。研究に必要なのは「連関の緊密でない形態」「自由な連関」「緩い因果関係」であり,そこでは帰納の諸方法は役立たず,統計的方法が必要になる。その具体的例はジュラフスキーの範疇計算である。
また,統計的方法の基礎には,大数法則がある。大数法則は数学的確率とその経験的発言である統計的頻度の橋渡し役を演じる。すなわち,チュプロフにあっては,大数法則は(1)「確率の非常に小さい現象は非常に稀にしか生じない」,(2)「相対頻度のそれに対応する,確率からの偏差の確率は測定値系列の大きさが大きくなるほど小さくなる」という2つの命題の統合である。

 チュプロフの統計系列の安定性に関する研究は,大数法則論にもとづいて展開される。その際,安定性の測定法は,レキシスのそれに依拠している。レキシスは実際に観察される統計系列の変動を,当該の統計集団がある一定の確率をもつという仮定の下に理論的に計算される変動とを対比し,所与の統計系列を分類したが,チュプロフはこの発想を継承し,諸々の統計系列をその安定性の大小によって区別し,それらを規定している諸条件を確率論的図式に対比する方法をとった。(晩年には統計系列の安定性を測るレキシスの標準指数を全面的に否定した)

 最後にチュプロフの相関論を特徴づけについて。筆者はチュプロフがゴールトン,ピアソンによって作り上げられた相関法を評価しながらも,その理論的基礎づけの脆弱性を指摘し,その上で自身の統計論の体系化を試みた,としている。換言すれば,チュプロフは相関理論に関する自身の研究は,従来の研究成果である数学的諸方法を前提にして,それらに理論的根拠を与え,統一的に説明する試みである。また,もう一つの特徴は,相関測定を経験的データからのア・プリオリな諸量の探求と考えたことである。すべての経験的数字は,その基礎にあるア・プリオリな諸量の不明瞭な映像というわけである。さらにチュプロフは相関測定法の意義について,それが非数理的方法による判断の主観性,不確実性あるいは不安定性を排し,判断の精確な把握を可能にすることに求めている。

 以上のようなチュプロフの統計理論を,筆者は次のように要約している。すなわち,チュプロフの統計理論の大きな特徴は,その形式的整合性を重視したことである。その形式的整合性の支柱となったのが確率論である。チュプロフの理論の全体は,統計理論への確率論導入の合理化とその意味付けにあった。このような「確率論的世界観」の契機となったのが,因果性の理解であった。そこでは必然性や偶然性の範疇も,それらの相互作用も排除され,因果関係だけが考察の対象である。因果関係以外のものはすべて,確率論的事象として処理された。「このような統計理論への確率論導入は,統計系列の安定性に関する彼の見解に見られるように,種々の確率論的図式で対象を割り切ってしまうことに終わ」る。(p.32)
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