社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

木村和範「ローレンツ曲線とジニ係数」『開発論集』(北海学園大学開発研究所)第76号,2005年6月

2016-10-17 15:18:27 | 4-2.統計学史(大陸派)
木村和範「ローレンツ曲線とジニ係数」『開発論集』(北海学園大学開発研究所)第76号,2005年6月(『ジニ係数の形成』北海道大学出版会,2008年3月)

 本稿の課題は,ジニが1914年の論文「特性の集中と変動性の計測について」で目的としたローレンツ曲線(ジニの「集中面積」)と集中比との間の数学的関係の考察である。ジニによるこの1914年の論文では,この両者の数学的関係に関する展開は分りにくいので,筆者は本稿で,両者の関係,すなわちローレンツ曲線と均等分布直線とに囲まれた図形の面積をλとし,ジニ係数をGで表わすと,G=λ/(1/2)が成立するとするジニの証明を跡づける,としている。あわせて2点の強調を行っている。一つはローレンツ曲線をめぐるアメリカの論議に対する関心である。第二はフランスにおけるグラフ法の紹介である。

 構成は次のとおり。「1.ローレンツ曲線をめぐるアメリカにおける論議」「2.フランスにおけるグラフ法の展開」「3.グラフ法の改良と集中比」「4.集中面積と集中比の数学的関係」。以下,筆者のキーセンテンスをひろいながら,これを繋ぐ形式で要約する。

 「1.ローレンツ曲線をめぐるアメリカにおける論議」。ローレンツの1905年論文「富の集中に関する計測方法」が公表された後,アメリカでは所得や富の集中を測定する方法についての論議が展開された。その過程で,ローレンツのグラフ法が評価された。ローレンツは,「三連尺度(メディアンを用いた尺度)」を考案したG.K.ホームズ1905年論文で批判したが,ただちに反批判を受けた。しかし,ホームズはローレンツのグラフ法を集中度の計測方法として位置づけることにやぶさかでなかった。またG.P.ワトキンスはローレンツの方法を,解析性,連続性,相対性の要件をみたしているとして,肯定的に評価した。ワトキンスはグラフ法の有用性を認めたが,ローレンツが対数を活用したこと,また単一の数量的尺度で集中度を計測することには懐疑的であった。さらに,W.M.パーソンズはワトキンスとの間で,集中の計測方法をめぐって論争を行った。両者の対立は,統計系列を比較するとき,単一の統計的尺度(変動係数)を用いるか(パーソンズ),系列の分布を視覚的な手段によってその総体で対照するか(ワトキンス)であった。しかし,ローレンツのグラフ法に対して肯定的に評価する点では一致していた。

 「2.フランスにおけるグラフ法の展開」では,シャトランとセアーユの議論が紹介されている。筆者は,アメリカでの所得分布に集中度に関する統計的計測をめぐる議論と同種のやりとりがフランスでもあったと,伝えている。シャトランは相続遺産の申告額に関する統計が社会経済的,財政的問題の考察に重要なデータと考えたが,分析を特定階層の相続に限定するのではなく,フランス全土にわたった概観が必要と考え,それを示すために「相続曲線」を考案した。当初構想したグラフは大きすぎたが(対数目盛の使用に批判的),改良を重ね新たな「相続曲線」(系列全体の合計値を端点とする「新しいやり方」によるグラフ法)を作成した。セアーユは,シャトランの第一の方法ではグラフが大きすぎ,時空の異なる系列の集中の程度を判別できないこと,第二の方法でも複数の曲線の比較が難しいと批判し,独自の様式で曲線を提案し,基本的にローレンツと同様のグラフ法に到達した。以上,グラフ法をめぐってアメリカとフランスの議論が紹介されているが,筆者は両者の関係は解明できていないという。

 「3.グラフ法の改良と集中比」では,ジニが「集中比」に着目した経緯を考察している。ローレンツ曲線には,それに固有の難点がある。その第一は,集中についての厳密な計測ができないこと,第二は2本のローレンツ曲線が交差したときに集中度の比較が容易でないことである。ジニは,ローレンツ曲線に固有のこの2つの難点を解決するには「集中比」をとることが有効である,と主張した。ジニは集中曲線(ローレンツ曲線のこと)と均等分布直線とで囲まれた図形の面積(λ)のことを「集中面積」と言っている。ジニは,上記の「集中比」を,R=λ/(1/2)と定義した。これが後にジニ係数,G=λ/(1/2)と呼ばれるようになった。ジニは集中面積λと集中比Rが上記の関係にあることを証明し,ローレンツを超えようとしたのである。筆者は,しかしジニがR=λ/(1/2)の誘導の仕方が簡潔すぎるとして,独自に集中比とローレンツ曲線との間の数学的関係を解明している。この部分が,本稿のオリジナリティである。

 「4.集中面積と集中比の数学的関係」で,筆者はローレンツ曲線を媒介とした集中比がR=λ/(1/2)で再定義されるにいたったジニの証明を追跡している。すなわち,ジニが証明したのは,均等分布直線と集中曲線(ローレンツ曲線)で囲まれた面積(集中面積λ)を計測し,集中比が完全平等(λ=0)の場合にできる直角二等辺三角形の面積(1/2)と不均等分布の場合の集中面積(λ)との比率に等しいということである。

 以上が本稿の要約である。筆者は最後にいくつかの総括ポイントを示している。第一は,ジニが集中比によってローレンツ曲線がもっていた固有の弱点を解決したが,後者による所得分析を根本から改良するものではなかった。ローレンツ曲線では稼得者の所得が全て同率で変化する場合や,全ての所得階級で同率にその人数(あるいは世帯数)が変化する場合には,所得格差がローレンツ曲線の違いとなって現れない。また,ローレンツ曲線は社会全体の所得分布の集中度を図示するので,富裕な個人が貧困化し,そのことが逆の現象を伴っても,総人数と総所得が変化なければ曲線の形状にその変化が反映しない。ローレンツ曲線のこうした問題点を,ジニ係数はそのまま受け継いでいる。

 第二は,ジニの集中度の構想には,ローレンツ曲線が果たした役割は大きかったことである。ジニはパレートによる所得分布研究にそって,「集中指数」を定式化した。しかし,この「集中指数」は所得分布を含めた分布一般が特定の関数関係で表現されることをもとめる。この要請が満たされない場合における分布の集中度を測る必要性から集中比が定式化された。その際にジニが着目したのは,ローレンツやシャトラン,セアーユなどのグラフ法であった。

 第三に,ジニの集中比は,関数関係にない分布における「変動性指数」の一種としての「平均差」(単一の統計系列の構成要素を2つずつ組み合わせたときに得られる強度間の差の相加平均)を活用してもとめることもできる。事実,ジニは1914年の論文で,集中比と平均差の数学的関係を証明している。その限りで,集中比はローレンツ曲線を前提しなくとも,導出可能である。しかし,ローレンツ曲線という視覚的手段によって,ジニ係数の総合指標としての意義は明確であり,それも集中比は単なる総合指標ではなく,図示される理解可能な測度たりうる。

 なお,後代になってジニ係数を R=2λ と定義するケースが目につくが,筆者はこれではジニが直角二等辺三角形の面積を基準に集中の度合(集中面積)を相対的に比率として計測しようとした意図が見えなくなり適当でない,としている。
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