社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

上藤一郎「統計学と国家科学-社会統計学の一原型をめぐって-」杉森滉一・木村和範・金子治平・上藤一郎編『社会の変化と統計情報(現代社会と統計Ⅰ)』北海道大学出版会, 2009年

2016-10-17 15:22:41 | 4-2.統計学史(大陸派)
上藤一郎「統計学と国家科学-社会統計学の一原型をめぐって-」杉森滉一・木村和範・金子治平・上藤一郎編『社会の変化と統計情報(現代社会と統計Ⅰ)』北海道大学出版会, 2009年

 統計学という学問が近代科学として成立するにあたって, 3つの源流が, すなわちドイツの国状学, イギリスの政治算術, フランスの確率論がある, とする図式化された通説がある。筆者はこの図式に, とりわけケトレーがドイツ国状学から継承したものが一体何なのかという点に疑問をもちつつ, そもそも「統計」あるいは「統計学」という用語の淵源はどこにあったのか, それらはどのような意味で使われていたのかを考察している。

 筆者によれば, 「統計」という用語が初めて現れたのは17世紀後半頃であり, その傍証となるのがH.ポリターヌスの著作『統計的顕微鏡』(1672年)であるという(この書では, 本文中に, 形容詞「統計的」の格変化形が一カ所使用されている, とある)。この書の内容は, ハプスブルク家統治下の神聖ローマ帝国における国家制度の歴史と現状であり, 換言すれば, そこでは国家理性あるいはそれを具現する国家制度が論じられ, 「統計的」という形容詞もその意味で使われていた。この書の特徴の一つはH.コンリングの名前が随所に見られ, 彼の著作の引用と学説の紹介がなされ, コンリングの影響のもとに書かれたことである。

 筆者はさらに17世紀末までに, 「統計」の名を冠した, あるいは「統計」という用語が入った表題をもつ3冊の著作をあげている。C.ゲルマニクス『ゲルマニア国政治旅行記』(1668年), G.ブラウトラヒト『講和の歴史』(1687年), C.ヴァイゼ『政治的大全』である(この頃, 出版された書物の表題は非常に長い。以上の3冊の本も同様であり, その長い表題のなかに「統計」の用語が入っている。しかし, ここでは, その長い表題を掲げず, 示唆するにとどめる)。このうち, ゲルマニクス『ゲルマニア国政治旅行記』は, ポリターヌスの著作『統計的顕微鏡』の内容的に共通部分が多く, V.L.ゼッケンドルフの『ドイツ領邦国家論』に多くを依拠している。ゲルマニクスは偽名で, 真の執筆者は既にオルデンブルガーとわかっているが, 筆者はポリターヌスの名もオルデンブルガーの偽名ではないかと推定している。ブラウトラヒト『講和の歴史』, ヴァイゼ『政治的大全』においても, 使われているのは形容詞の「統計的」という表現であり, その意味は「国家理性に関するもの」である。名詞形で, 「統計」「統計学」という用語が初めて現れたのは, C.トゥールマンの『統計学文献目録』(1701年)であり, 「統計学」という用語が定着したのはこの頃で, その内容は領邦国家の円滑な運営を目指した官房学だった, というのが筆者の理解である。

 以上のように官房学的国家科学としての成立をみた統計学は, 18世紀末にイギリス, フランスに輸出される。これらの国々はドイツとは異なり, 資本主義経済発展の程度, 市民社会の成熟度においてドイツを凌駕していたことがあり, 領邦国家の運営を予定したドイツの国状学はそのまま移植できず, 統計学の意味は変化し, 経済・社会現象を数量的に表現する科学となっていった。V.ヨーンによると, イギリスで「統計学」という用語が初めて見られるのは, J.シンクレア『スコットランドの統計的報告』(1798年)などである。また, フランスで「統計」「統計学」という用語がいつどのように移入されたかについては定かでないが, 筆者は統計学を初期に導入させたひとりとしてM.J.プーシェをあげ, その著『フランスの基本統計学』(1805年)を紹介している。フランスはこの段階で, 「統計」の意味を国家制度の記述ではなく, 国力や富の数量として理解され, 「統計」=「官庁統計」という図式を受け入れた。

 このようにみてくると, ケトレーはこうしたイギリスやフランスを経由したドイツ発祥の「統計」「統計学」を意識し, 吸収したのであり, そこにドイツ国状学の直接的継承関係を想定することは難しく, 冒頭の統計学の歴史の図式は事実関係の誤解へ導きかねないことになる。ドイツ国状学はむしろ, ケトレー統計学を克服する, その後のドイツ社会統計学の母胎となり, ケトレー統計学とは異なる方法様式をそなえた独自の統計学の発展へとつながっていった。
それほど長い論文ではないが, 筆者の論理展開は明快であり, 関連文献を丹念に読み込み, 自説を正確に, かつ慎重に裏付けている。
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