社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

藤江昌嗣「確率前史研究序説-Ian Hacking『確率の出現』をめぐって」『思想と文化』1986年

2016-10-18 17:01:11 | 12-3.社会科学方法論(確率基礎論)
藤江昌嗣「確率前史研究序説-Ian Hacking『確率の出現』をめぐって」『思想と文化』1986年

本稿の目的は,Ian Hacking『確率の出現-確率,帰納そして統計的推測についての初期の概念の哲学的研究』(以下,『出現』と略)を取り上げ,その内容の紹介,そして若干の課題の提示である(この著は,2013年に広田すみれ・森本良太の訳で慶應義塾大学出版会より刊行された)。筆者はこの再検討が,D.Huffによる統計的確率と帰納的確率との関係の考察,また確率的思考が認識あるいは科学にとってもつ意味の考察に有意味である,としている。確率前史の研究はまた,実証科学としての統計学にとって,その論理構造を解明のための不可欠な準備作業である,とも指摘されている。

 『出現』の構成は,以下のとおりである。1章:観念不在の時代/2章:二重性/3章:判断/4章:証拠/5章:徴候/6章:最初の計算/7章:ローネッツ・サークル/8章:偉大な決定/9章:思考の技術/10章:確率と法/11章:期待/12章:政治算術/13章:年金/14章:等可能性/15章:帰納論理/16章:推測術/17章:最初の極限定理/18章:秩序/19章:帰納。

 本稿の大半はこの『出現』の要約である。確率の概念は17世紀に出現したが,それはヤヌスの顔をもっていた。それは一方で偶然過程の確率法則に関するかぎり統計的であったが,他方で命題に関する合理的信頼度を評価することに関するかぎり認識論的であった。当初からのこの確率の二重概念の存在は,現代的意味での確率という概念空間内部での現在にいたる競い合いの条件(確率についての可能な理論空間)であった。この確率についての可能な理論空間の前提条件は,Hacking の立論の展開方法を予定する要素である。この空間に関して,それは1660年から現在に至るまで不変な形で存在し,さらにこの空間は全く異なる概念構造の変換から生まれたものであった。それらはわれわれの思考図式に少なからぬ影響を与えているので,この空間ないしその前提条件について理解することこそが確率理論の歴史的循環からわれわれを解放することになる。

Hacking が注目するのはmetatheory としての概念空間であり,過去の著者の論述のなかにこの概念を発見することが関心事である。そして,彼の研究する確率の前史は,15-16世紀(ルネサンス)からほぼ17世紀までとされる。研究対象である概念空間の形成に関係している諸概念は,次のものである。
知識knowledge,判断opinion,理由reason,因果cause,徴候sign,証拠evidence,実験experiment,診断diagnosis,可能性possibility,等可能性equipossibility,帰納induction。
これらの分析と懐疑が問題となる。Hacking が『出現』で考察しているのは,ルネサンス以降17世紀までに限定し,科学の内容との関連を意識しつつ,上記の諸概念が確率概念の形成に向け,どのように変化してきたかである。

 筆者の要約は,上記の章別構成のうち次の諸点に限定されている。観念不在の時代(Pascal以前),知識と判断,徴候と診断,確率と統計,等可能性,帰納。
Pascal以前に西欧では確率理論がなかったのは,何故か。Hackingのこの問いに対する解答として,世界についての決定論者の見解があったこと,数値体系と経済的誘因がなかったことを挙げている。中世の認識論では,事実はそれ自体で信頼できるか否かが問題になるもの,科学は必然性という点で普遍的真理である知識であるもの(論証により得られるもの),論証により得られない信念・原理・命題に関するものは判断として区別された。古い確率は判断の属性であり,①権威者により賛意を得られるか,②テストされるか,③古典により支持されるか,これらのいずれかの場合に確からしいものとなった。

 ルネサンス期には確率概念の必要性も,本格的使用も見られなかった。この時期には徴候という概念が存在した。この概念は確実性よりむしろ確からしさという性質をおび,その確からしさは頻度と関わっていた。Hackingは彼が確率の出現と呼ぶ概念空間の変形のための材料は,この徴候という概念から作り出された,とする。この徴候は実験による獲得,自然の研究に人々の目を向けさせた。
中世では実験は解剖,試験,やま(・・)の三態(証拠を提供する種類)で考えられた。徴候を読み取る診断は,ルネサンス期に新たに概念化された「実験」である。このような診断は,「因果の実験的方法」が高い地位についた17世紀の解釈と関係があり,「実験」によって事物の作用を説明する直接的因果である。徴候,診断は古い科学における論証的性格から帰納的科学における仮説に対する帰納的証拠という性格と結びついている。この流れは,外在的証拠から事物にそなわる内在的証拠の経路と重なる。この時期,確率はその名称を除くすべての形で出現し,証明と安定的規則性との結合は内在的証拠という概念誕生の結果として成立した。

 Hackingによれば,確率と統計の概念の利用は因果関係から独立に認識論的基準が把握されるときに,すなわち証拠という因果関係と認識論的概念を区別するときに,出現した。確率の認識論的概念の出現は,①事物の原因となるもの,②それが起こったことをわれわれに告げるものとの区別の必要のために必要とされた(Leibnizの自然法学)。等可能性(その簡単な定義は「もしあるケースが他よりも起こり易いとする理由がない場合」というものである)は,18世紀に盛隆をみた思考方法で,フランスに生まれたが,イギリスにはなかったものである。Leibnizは,確率を可能性の程度であると捉えた。だが,その可能性は,①さまざまな事象を得る力,あるいは②等しく容易であるという意味でのfacile に対応する。もし,厳密に客観的可能性,すなわち容易さfeasibility,傾向proclivity,性向propensityなどを定義するならば,このような容易さの程度は正確さの程度を変えつつ知られるような知識の対象となる。

 確率の出現は,ルネサンス期の徴候から証拠への概念の変形を背景にもつ。このことは事物の作用を説明する仮説に対し,テスト-実験に合格した結果が新たな帰納的証拠となることを意味した。判断の確率すなわち,論証によって獲得された属性としての確からしさは,自然に関する徴候=頻度の証拠による確からしさ=知識の確率へと形を変えることになる。1660年までに内在的価値という概念が確立すると,因果性に関してはその対象領域が知識から判断へと転移した。判断は従来,低次科学の主要部分をなし,知識は高次科学の目標であったが,このことによって知識の潜在的領域のかなりの部分は判断の領域の一部となった。低次科学と高次科学の区別がなくなり,判断と知識の差異が程度の問題となっていくのが17世紀であり,それは帰納への懐疑的問題の出現-確率の出現の前提条件であった。これがHackingの結論である。

 筆者は最後に課題を確認している。ひとつは確率の二重概念(経験的な概念としての統計的確率と論理的概念としての帰納確率)に関し,Hackingは後者の意味合いに関心をよせているが,認識が対象をどの程度反映しているのかを問題にするならば,前者の方向での認識論的確率の検討が課題となる。また,筆者は確率に関する二重概念(統計的確率,帰納的確率)はそれぞれの役割を統計理論で演じるが,Hackingがこの問題をどのように考えているか,をあらためて検討する価値がある,としている。
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