社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

藤原新「『一般的交換価値』の測定とケインズの指数論」『立教経済学研究』第62巻第2号,2008年

2016-10-16 20:37:57 | 9.物価指数論
藤原新「『一般的交換価値』の測定とケインズの指数論」『立教経済学研究』第62巻第2号,2008年

筆者の要約にしたがうと,物価指数論の歴史では,指数作成の目的が貨幣の「一般的交換価値」の測定とされる場合と,「貨幣の購買力」(必要生計費として,ある集団が同一内容の支出を行う時にかかる支出総額)の変化の測定とされる場合とがある。前者ではその指数はただ一つでなければならないが,後者では多数の指数が同時に存在してよいことになる。

 本論文で,筆者はケインズの論文「とくに一般的交換価値の測定に関する指数の方法」(1909年)[以下「指数の方法」と略],『蓋然性論』(1921年),『貨幣論』第一部第二編「貨幣の価値」,『一般理論』第4章「単位の選定」をたどり,指数論分野でのケインズの主張を跡づけている。

 叙述の順序はまず,主としてFisher,Edgeworthをとりあげて,貨幣数量説の指数論を紹介し,次いでKeynes の貨幣数量説批判とその問題意識が論じられている。

 貨幣数量説は,「貨幣数量の変化を原因として物価水準の変化を結果とする因果関係を主張する学説」である。Fisherの交換方程式に代表されるこの考え方は,貨幣数量の変化が実体経済に及ぼさないという独特の貨幣ヴェール観(実物同士の関係とヴェールとしての貨幣の作用を切り離す「二分法」)に支えられている。この説によれば,物価水準は貨幣数量と比例的に決まり,前者は純粋に貨幣側の要因に規定され,その水準がいかなる水準にあっても実物側の要因によって規定される財の相対価格体系が影響を受けない。逆に実物側の要因に変化が生まれ相対価格体系に変化が生じても,貨幣側の要因に変化が生まれないかぎり,物価水準が変化することはない。 

貨幣数量説に立脚するEdgeworthは,「不定標準」の観点から指数論を展開したことで知られる(Edgeworthは指数の型を6つに分類している)。「不定標準」は価格変動の原因が商品の数量に無関係であることを前提とし,その測定のために財・サービスの価格の変化を,それらすべてに共通な原因にもとづく変化(一般的原因)とそれらの需給に関わる特有の変化(特殊な攪乱的原因)とに分け,後者を除去し(誤差論を利用[ガウスの誤差法則の利用])前者を導出するというものである(不定標準の実際の提言としては,各個別指数の非加重幾何平均あるいは中位数)。

 貨幣数量説にもとづく指数論を要領よく整理し,これを受けて筆者はKeynesがこの説にどのように対応したか,「一般的交換価値」の測定にどのように批判的に理解したかをとりあげている。

  Keynesは「指数の方法」で,「一般的交換価値」測定の困難さを,必要な統計を得ることの技術的制約と集計された商品群の価格(一般物価水準),その逆数としての一般的交換価値を数値で示しえないことで説明している。後者は,事柄の性格上,本質的に解決不能とされている。しかし,この時点でKeynesは,その測定を諦めたわけではなく,それを「ある特定の商品の複合体の交換価値」で代替させることを構想し,後の貨幣の購買力につながる要素を示した。なお,Keynesは同論文の第8章「確率による一般的交換価値の測定」とその付論B「平均の理論のいくつかの問題点」で,Edgeworthの不定標準に代表される。確率論にもとづく誤差論で一般的交換価値を測定する試みを批判的に論じた。

  『貨幣論』の段階になると,貨幣の価値は「一般的交換価値」ではなく,特定の商品群を購入する力を表す「貨幣の購買力」と考えられるようになる。その中身は,社会全体について「貨幣の購買力」を測定する指標としての消費水準と収入水準であり,またそれらを労働者階級にあてはめたものとしての生計費指数と賃金指数である(他に卸売水準,国際的水準がある)。消費水準にもとづく指数は,消費者が1単位の貨幣で消費財・サービスを何単位購入できるかを表し,収入水準は1単位の貨幣で労働を何単位購入できるかを表す。これらを労働者階級に限定したものが,生計費指数と賃金指数である。
『貨幣論』ではこのこととの関係で,貨幣数量説的な「通貨水準」(現金取引水準,現金残高水準)が,さらにはEdgeworth流の「不定標準」が批判的に検討されている。「不定標準」に対する批判は,それが前提とする条件(個々の価格の変動が独立であり不規則であるとの仮定)が現実には満たされないという技術的指摘とともに,この方法が貨幣数量説にもとづき,商品の側の変化をあつかう理論と貨幣の側の変化をあつかう理論との「二分法」に立脚する難点をもつ点に定められる。『一般理論』では,この主張はさらに徹底され,貨幣数量説から完全に脱却している。

筆者はまとめで次のように書く,「このように議論の重点に濃淡の違いはあるものの,1909年,20歳代半ばというかなり若い時期に書かれた『指数の方法』で示された一般的交換価値の測定に伴う困難の指摘から『一般理論』に見られる一般物価水準に対する批判的見解にまで至るケインズの議論は,経済学が対象とする経済は確率論が求める条件を満たしておらず,したがって経済学に安易に確率論を援用することは許されないという,一貫した姿勢に貫かれているものとして理解することができる。/さらに,『指数の理論』で見られたような,個別の価格関係が示す貨幣の個別商品に対する交換価値は個々には数値で測定できしかもそれらすべてがKeynes のいう『同じ種類の』ものであって互いに比較可能なものであっても,これらを集計して一般的交換価値を数値で測定できる形で得ることができないという主張も,『蓋然性論』で確率値の測定の問題を扱った際に提起された主張と同じであり,この考え方もまた『貨幣論』を経て『一般理論』まで一貫している」と。(p.91)
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