社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

是永純弘「『経済学の危機』と近代経済学の方法」『唯物論-科学の前進のために-』(札幌唯物論研究会)20号, 1973年6月

2016-10-18 11:15:40 | 12-1.社会科学方法論(経済学と方法)
是永純弘「『経済学の危機』と近代経済学の方法」『唯物論-科学の前進のために-』(札幌唯物論研究会)20号, 1973年6月

 この研究ノートが執筆された直前, 世界経済は混迷を極めていた。とりわけ, 戦後の国際経済の枠組みだったIMF体制は危殆に瀕していた。それだけではない。公害, 貧困, 南北問題など大小を問わず, 難問が累積していた。周知のように, この稿が公にされた1973年の暮れには第一石油危機が勃発した。これらの現実に直面して, 近代経済学が抱え込んだ危機感は甚大だった。

 本稿は, これらの現実の諸問題が近代経済学の伝統的な分析方法にどのような変容をせまったのか, 近代経済学がこれらをどこまで意識し, いかに対応したのか, 経済社会問題を解明しえなくなっている現状を, その分析方法, 思想的基盤の必然的帰結として批判的に評価することを課題とした。

 経済学の危機はまず, かれらが価値判断を排除し, 純粋経済学の抽象世界に閉じこもることを許さず, その研究方法論を, 思想的基盤を含めた全体系にわたって再検討することを余儀なくさせた。筆者はこうした一例として, E.H.フエルブス・ブラウンがイギリス王立経済学会会長就任のさいに行った演説(「経済学の後進性」)での指摘をとりあげている。ブラウンはここで経済学の現実からの著しい立ち遅れを克服するために, 研究対象領域を拡張し, その研究方法を本質的に変革しなければならない, と述べた。こうした見解は, ミュルダールの超学的アプローチと共鳴する。またハイルブローナーも論文「新しい政治経済学の可能性」で, もとめられる経済学は「純粋経済学」でも「経済科学」でもなく, 「政治経済学」であるとした。筆者はこれらの見解をもって, 「力学, 自然科学の研究方法の安易な借用をもってむしろその『科学性』をほこってきた誤りの論理的な帰結が, 今になってやっと近代経済学者自身によって, 経済学の危機として自覚されはじめた」, 「これはまたいわゆる分析的方法(仮説―演繹法), とりわけ数学的方法の, 研究対象とは無縁の独走をもって, 経験科学としての経済学の精密化であると誤認し, 『研究のための用具をもとめるのではなく, 逆に用具に合う研究を模索してきた』(ブラウン)近代経済学の当然帰着すべき点であった」と断定している(p.11)。さらに, 筆者はこれらの見解を確認してなお, 近代経済者自身の方法的反省はきわめて不十分としている点が注目される。それ自らの研究方法を貫く思考の思想的基盤と, その研究の具体的方法との関連をたちきり, そうすることで近代経済学の「科学性」を保持できると誤認する見解があとをたたないからである。

 次に筆者は, 近代経済学者の研究方法の変化の一つ(正確には力点の変化), すなわち数学的形式的な一貫性より事実観察を重視するという方法的反省を批判的に検討している。こうした反省は, 先にみたブラウンはもとより, モルゲンシュテルン, W.レオンチェフにも共通している。その共通項を摘出しつつ筆者は, こうした見解にも近代経済学が乗り越えることのできない一線があるという。それは, 彼らのいわゆるデータ, その獲得の手法と利用法, つまり「実証」の特異な意味づけである。具体的には, 彼らのいわゆる実証は, 事実, それも測定という直接経験の結果としてとらえた限りでの個別的な現象の一側面としての「事実」にすぎない。直接可視的でなく, 直接可測的でもない経済学的諸範疇は「実証科学」の外に追放されてしまう。直接経験の対象外に科学の対象をみとめようとしないこの立場は, 近代経済学の伝統的な方法論であり, その思想的基盤は分析哲学のそれ, あるいは「かつて経済学から主観的効用=価値を追放しようとしたV.パレートに対して杉本栄一氏が与えた評価, つまりマッハ主義的経験批判論に立つもの」である(p.17)と筆者は書いている。

批判のトーンは鋭く, 説得的であり, パワーをもった論考である。現在の近代経済学ははたしてどのような志向をもって展開されているのであろうか, 現時点でのその批判的検討があらためて必要である, と痛感させられた。
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