社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

松川七郎「ウィリアム・ペティとその周辺」『「ボーウッド文書」の周辺-松川七郎を偲んで』1992年

2016-10-17 20:16:43 | 4-3.統計学史(英米派)
松川七郎「ウィリアム・ペティとその周辺」『「ボーウッド文書」の周辺-松川七郎を偲んで』1992年

 W. ペティ, グラントなどイギリス古典派経済学の研究者である松川七郎は, 1967年に『ウィリアム・ペティ-その政治算術=解剖の生成に関する一研究』(岩波書店)を上梓したが, その前後からペティの子孫であるランズダウン侯爵家に伝わるペティの手稿, 関連文書に関心を寄せるようになった。それは松川が1963年に渡欧したおりに実見したものである。

ペティは生前, 膨大な量の原稿を残した。それらの多くは1921年のアイルランド独立戦争の戦火で焼失したが, それでも依然として, かなりのものがランズダウン侯爵家に所蔵されていた。侯爵のエステイト(広大な土地のなかにある館)は, 南西イングランドのウィルトシャのカーンという小都会のボーウッドにある。ペティの遺稿が「ボーウッド文書」と呼ばれるのは, こうした事情による。(ランズダウン侯爵は, ペティの遺稿の一部を『未完論文集』『書簡集』として刊行)

 本稿は松川が, その手稿に直接あたり, その一部を筆写した経緯とその成果をまとめたものである。それによると, ブリティッシュ・カウンシルをつうじてランズダウン侯爵の許可を得, ペティの手稿に初めて接したのは1963年4月とある。この時は3時間ほどの閲覧で, 全部で21巻(または箱)に収められた手稿をざっと眺めただけだった, ようである。その後, 松川は69年(約1か月), 75年, 79年の3回にわたって渡英し, 調査を継続した。69年には, 毎日エステイトに通って転写に努めた(写真撮影厳禁)。多くの手稿を自由に閲覧できたので, カタログを作成(B5版ルーズリーフ計105頁で「ボーウッド文書」の保存状況, 記されたタイトル・本文などの転写, 文書の内容のメモに松川のコメント)した他, 1940年から85年までのイングランドにおける統治上の変化を簡潔に述べた手稿, オランダの社会経済上の特徴について述べた手稿などを転写した。1975年に渡英したさいには, 「ボーウッド文書」はカタログ作成中で開示できないと, 閲覧の許可を得られなかったが, 諦めることなく(その経緯が詳しく書かれている)閲覧の許可を得て,1670年ごろに執筆されたと目される「政治算術などについての対話」を転写した。

 本稿には, 転写のさいの苦労がこまかく記述されている。当時の文章の文法, 用語法, 語彙についての知識が必要であるし, また極度の近視だったペティ自身が書いたもののなかには日本人には手に負えない語や句, 書き直し, 加筆の行列, 句読の欠如や不統一, 明白な誤りや脱漏, スペルの誤り, 空白, 重複した記載が多数。どうしても不明な点は, 現地で専門家にみてもらったりしたようだが, それでもお手上げの部分はのこったようである。このあたりの叙述は臨場感がある。筆者はこの「対話」を1976年に, 簡単な序論的コメントを付して, 一橋大学の英文雑誌“Hitotsubashi Journal of Economics”の1977年2月号に公表した。

 この論稿には, 上記の自身による「ボーウッド文書」転写体験記に先立って, ペティの人となりと業績のスケッチがある。そこで, 筆者は科学者としてのペティと致富者としてのペティの両面に光をあてている。本稿の主題に関連しては, とくに後者, すなわちペティが少年時代から蓄財にたけ, 後にアイルランドでの没収地の測量や分配の難事業に携わって莫大な報酬を得たという人物像が興味を惹く。この膨大な土地資産が子々孫々に受けつがれ, 上記のランズダウン侯爵家の巨大なエステイトはペティの末裔の資産である。

本稿はもともと中央大学の『中央評論』第29巻第1号に掲載されたものだったが, 追悼集に転載された。学生向けに書かれ, 「この一文が学生諸君にとって, 学問的創造の問題を社会科学の黎明期にさかのぼって考えなおしたり, 学問研究の下ごしらえといってもいろいろあるものだということを考えたりするための機縁の一つにもなるなら, 私としては望外の幸せである」とある(p.30)。

追悼集『「ボーウッド文書」の周辺-松川七郎を偲んで』は, 遺族によって編まれ, 松川七郎による本稿の他に, 「ボーウッド文書」転写の一部(写真), 大内兵衛「松川七郎教授の『ウィリアム・ペティ』」(『日本学士院紀要』第24巻2号からの転載), 著作目録などが載っている。
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