社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

足利末男「ドイツの最初の政治算術者-ジュースミルヒ覚え書-」『人文』(京都大学教養部)第14集, 1958年

2016-10-16 21:46:00 | 4-2.統計学史(大陸派)
足利末男「ドイツの最初の政治算術者-ジュースミルヒ覚え書-」『人文』(京都大学教養部)第14集, 1958年(『統計学と社会』ミネルヴァ書房, 1968年)

 ジュースミルヒが統計学史上で果たした役割, その業績の内容について整理した論稿。ジュースミルヒは『神の秩序』をあらわし, 人口現象の統計的分析(出生率, 死亡率, 婚姻率, 人口増加の研究, 死亡表の作成)で有名である。グラント, ペティ, ハリーなどのイギリスの政治算術の, 大陸での継承者でもある。

 筆者は上記の一般的なジュースミルヒの評価を肯定しながらも, 本稿では, 『神の秩序』が数度改訂されているので, その変遷を追跡し, また当時の時代の空気がドイツ啓蒙思想のただなかにあったことがジュースミルヒの思想にどのような影響をもったのか, などについて知見が示されている。学んだことを以下に示したい。

 『神の秩序』は, 6版まである。初版(1741年), 2版(1761-2年), 3版(1765年), 4版(1775-6年), 5版(1787年), 6版(1798年)となっている。3版までがジュースミルヒの生前のもの, 4版はバウマン編集による(高野岩三郎らはバウマンがジュースミルヒの娘婿としているが, これは誤りのようである)。初版と2版とでは, 後者が初版の増補改訂版で, もともと一巻本だったのが, 分量が増え, 上下二巻となった。5版, 6版はバウマンの友人だったハウゼンによる編集であるが, 内容的には4版のバウマン版と基本的に同じなので, これらも「バウマン版」と呼んでさしつかえないようである。版を重ねた『神の秩序』であるが, 重要なのは初版と2巻であるとして, 両版の目次の比較対象表が掲載されている(pp.84­86)。

 ジュースミルヒは, 聖職者であった。しかし, 同時に, ゆるぎない実証主義者であった。両者はジュースミルヒ個人のなかでは, どのように矛盾なく, 解決されていたのだろうか。要約的に言えば, これは足利の理解であるが, ジュースミルヒにとって神の存在は超越的でなく, 神とその摂理は人口現象にあらわれる規則性, 合法則性をとおして認識できるとされた。

 さらに, 「秩序」とは何だったのか。初版ではそれは説明されていないという。プロイセンの諸州にみられた死亡者の出生者にたいする比率が, 秩序の例としてあげられているだけである。しかし, 2版では, 「ともに存在し, もしくはひきつづいておこるいろいろの事物の類似性と一様性」から秩序が生じるという言い方で, 秩序を説明している。関連して, ジュースミルヒは, 初版では, 経験の事実をとおして神にいたる道を考えていたが, 2版では逆に, 聖書とくに旧約の第一章創世記の神の言葉から, 人口についてそれを演繹し, 経験的事実でそれを説明していく方法をとった。

 初版と2版との間には20年の時間がある。その20年間は, プロイセンのフリードリヒ2世の治世の最初の20年間であり, この時期, ジュースミルヒは大王の厚い庇護のもとにあった。このことの確認は, ジュースミルヒの初版から再版にいたる立場の反転を理解するには非常に重要である。すなわち, 初版の時点でジュースミルヒは, 「啓示宗教」と「自然宗教」の一致をみることを予定して, 人口現象のなかに「神の秩序」をみた。しかし, 20年後のジュースミルヒは, プロテスタントの牧師として, すこぶる現世肯定的であり, 「神の啓示」が人口現象にあらわれる方向を明示し, それを数字で証明しようとした。ここに見られるのは, 「理神論者」としてのジュースミルヒの, ドイツ啓蒙主義にみられた保守的立場への回帰である。このことは, 実践的には, 神とフリードリヒ大王とを同一視する立場である。これを人口論の立場から解釈すれば, 国家の力と幸福が人口と富にかかっているとして, 人口の増加を楽観的に強調し, 大王の政治の推進者としての役割を演じることを意味した。
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