社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

有田正三「統計方法と大数法則(Ⅰ編・第5章)」『社会統計学研究-ドイツ社会統計学分析-』ミネルヴァ書房,1963年

2016-10-16 21:59:51 | 4-2.統計学史(大陸派)
有田正三「統計方法と大数法則(Ⅰ編・第5章)」『社会統計学研究-ドイツ社会統計学分析-』ミネルヴァ書房,1963年

 ドイツ社会統計学は,20世紀に入って大きな変容をとげた。実体科学としての統計学から形式科学としての統計学への転換である。それは統計調査論の再編成とともに統計利用論の展開という特徴をもつ。統計利用論の展開の中身は,社会科学的領域の特殊性の認識を基礎とした数理統計学の成果の批判的受容=摂取である。担い手は,ジージェックであった。

 ところで,数理統計学の基礎は,大数法則にある。統計の対象と獲得方法のなかに大数法則の有効性をどのような仕方および範囲で認めるかによって,数理統計学の受容=摂取の質と量とが決まる。ジージェックが大数法則として問題にする事実は,集団としての現象の強度や高さである。これを規定制約する要因として,一般的原因と偶然的原因とが設定される。一般的原因とは当該集団現象がそれから現れ出るところの諸条件であり,偶然的原因は個々の事例にのみ特殊的に作用する制約である。要するにジージェクにあっては,大数法則は多数の観察の総括による集団としての現象の強度または高さに対する偶然的影響の除去を基本内容とする。また,ジージェクが大数法則とするものは,数学上の大数法則を統計的条件のもとに特殊化したものである。ジージェックはさらに,大数法則を「一つの一般方法論的カテゴリー」とする。その含意は,大数法則が一定の認識目標に到達するために一般的に用いられるべき形式的原理で,実体的内容をもたないということである。この見解は大数法則を実体的統計的規則性,とくに時間的恒常性から厳密に分離することである(ケトレー,マイヤーなどは大数法則と時間的恒常性を区別しない)。

 それではジージェックは,統計方法における大数法則の役割をどのようにみていたのであろうか。それは次の3点に集約できる。(1)一般的に妥当するものを表現する統計数の成立と理解のため,(2)偶然的調査誤差の相殺のため,(3)標本調査手続きの原理として。筆者はこれらのうち,「(1)一般的に妥当するものを表現する統計数の成立と理解のため」の大数法則の意義に限定してジージェックの理論を検討している。ここにジージェックの大数法則論の核心が存在するからである。

 ジージェックは大数法則の統計方法への位置づけについて,理想的な場合と理想的でない場合との2段階を考慮する(「一般的原因と偶然的原因の理想的図式)。前者は一般的原因と互いに独立的な個性的な偶然的原因とが存在する場合である。この場合には確率計算の手続きに応用の道が開かれる。後者は理想的図式が当てはまらない場合であり,社会的現象は通常この状態にある。事態がこうなるのは,当該集団を支配する統一的一般的原因が欠如しているからであり,相互独立的な,現れ方が偶然的でない,阻止的要因が存在するからである。ジージェックはこのうち統一的一般的原因の欠如を強調する。しかし,ジージェックは一般的原因が統一的でない場合にも大数法則の有効性を認める立場をとる。なぜならその場合でも,観察集団を大きくするにしたがい,偶然的原因の影響が除去され一般的原因の作用があらわれるからである。もっとも,この立場をとるからといって,確率的計算手続きの適用をただちに認めるわけではないのであるが。

 要約すれば,ジージェクの立場は一般的原因の非統一性を前提としながら大数法則を高度に利用するものであり,その限りでの統計数解釈のストカスティックな方向づけである。このことは現実には一方で,できるだけ統一的な(同質な)一般的原因を得ること,因果的因子による集団の分割を行うことで,この分割は集団を小さくすることを余儀なくさせ,結果的に大数法則の有効性を妨げることになる。他方で大数法則の有効性を作用させるためには,できるだけ大きい集団をとることを要請するが,その努力は異質の単位を集団に入れることになり,同質性の要請にそむく。「大数の要請」と「同質性の要請」は二律背反的である。ジージェックはこの限界を承認しつつ「原基的な統計手続きの沈潜」によってストカスティックな方向を開拓する方向をとる。

 筆者の整理によれば,ジージェックは社会科学的領域への確率計算手続きを原則的に否定する。しかし,他方で一般的原因が統一的でない場合について,大数法則の有効性を主張する。この主張は統計数を「一般的原因の代表」とするための,あるいは統計数の解釈の方法をストカスティックな方向に再構成するためのものである。「一般的原因の代表」として統計数をみることは,社会的構成体の量的規定性を内包的に問題することであり,それがもつ質的特殊性を明らかにすることである。ところがジージェックはこの関係を大数法則的機構におきかえる。このことが意味するのは,個別事例や構成部分の量を質から切り離し,これらの量が合成される過程を「個別的事例および部分から全体が構成される質的関係」から切り離し,量に偶然的変動という独自の運動体系を与えることである。個別事例の特殊性に関するこの理解は転倒している。しかし,この理解にたてば確率論的原因機構およびこれに対応する大数法則的抽象形式の導入は容易になる。

 大数法則の有効性の主張は,ジージェックの一般統計方法論の基本的性格(社会より方法を導き出すのではなく,統計的認識を主観の構成的機能重視の観点からとらえる立場)と無縁でない。大数法則は社会にとって必然的なものとして用いられるのではなく,外から持ち込まれたものである。くわえて大数法則と確率計算手続きとのつながりを想起すると,この数理統計学的成果は,表面的には拒否されるように見える。しかし,それは理想的形態として統計数解釈の方法論的構造を不断に牽引することになる。

 筆者は最後に,ジージェックによる統計数解釈の構想が統計比較だけでなく,統計数獲得のプロセスをストカスティックな方向で再編することにつながる。このことは彼が「四基本概念の理論」を統計方法論の統一的基礎としながら,他方で大数法則と同質性を「統計方法論の最も重要な基礎」と述べていることと無関係でない。

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