社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

近昭夫「『ノモグラフィア的科学』と『イデオグラフィア的科学』-A.A.チュプロフにおける統計学と統計的方法の意義-」『法経研究』(静岡大学)第16巻第2号,1967年

2016-10-17 21:31:13 | 5.ロシアと旧ソ連の統計
近昭夫「『ノモグラフィア的科学』と『イデオグラフィア的科学』-A.A.チュプロフにおける統計学と統計的方法の意義-」『法経研究』(静岡大学)第16巻第2号,1967年(「『ノモグラフィア的科学』と『イデオグラフィア的科学』-統計学と統計的方法をめぐって-」『チュプロフの統計理論』産業統計研究社,1987年)

 チュプロフ(1874‐1926)は20世紀のロシアの代表的な統計学者であり,レキシスやボルトケヴィッチ以来の大陸数理統計学派に属する統計学者である。

 そのチュプロフは,確率論にもとづく統計系列の安定性に関する研究方法に,とくに統計方法の論理的意義を確定することに関心をもっていた。依拠したのはレキシスの統計学で,彼は「ケトレー主義」による統計的合法則性の宿命論的解釈に異議をとなえたが,社会現象に規則性があるという点に同意し,統計系列に安定性を確率論的に測定する方法に関心をよせた。それまでのドイツとロシアの統計学は社会現象を対象とする科学と考えられていたが,チュプロフはそれを科学研究一般のなかに位置づけ,統計および統計学の科学方法論的意義を明らかにしようとした。なおチュプロフにあっては,統計学と統計方法とは分けて考えられ,前者は集団そのものに関しての知識の体系,後者はそれにもとづいて集団の安定性を媒介し,因果的連関の研究を目的とする方法と考えられた。チュプロフの関心にあったのは後者の統計的方法であり,集団-統計的方法-安定性の論理的関連を把握することがメインテーマであった。

 チュプロフがこのテーマを考察するためにもとめた方法論的基礎は,ヴィンデルバント,リッケルトの科学方法論であった。その核心は科学を「法則定立的」な「自然科学」と「個性記述的」な「歴史科学」とへの区分であった。チュプロフは基本的にこの考え方に立脚しながら,「歴史科学的」に考えられてきた統計的方法が自然科学にもとり入れられている事態に直面し,それだけでは不十分として,「法則定立的科学」と「個性記述的科学」,統計的方法と統計的集団,統計的安定性のそれぞれの関連を検討するに至る。この問題を解くために提起されたのが「ノモグラフィア的科学」と「イデオグラフィア的科学」の主張であった。

 筆者はチュプロフの見解を4点に要約する。

 (1)チュプロフは,リッケルト同様,認識の客体が無限に多様で複雑であり,これに対し人間の認識能力が有限であるので,正確な認識ができないとする。われわれの科学的認識は現実の「単純化」「図式化」「様式化」に帰着する。そして,これらが科学理論的位置にすわり,科学の理論的分類のための基礎を与える。この観点からみると,科学は「一般的なもの」に関する科学と「個別的なもの」「単一的なもの」に関する科学とに分けることができる。チュプロフは前者を「ノモグラフィア的科学」,後者を「イデオグラフィア的科学」と呼ぶ。

 (2)「ノモグラフィア的科学」は「一般的なもの」に関する科学であり,それは「世界の無限性」を一般的諸概念の形成によって把握することを目的とする。すなわち,このことは世界の細目,個別的詳細を捨象し,一般化し,現実を単純化することで,「いつでもどこでも」妥当する諸現象間の因果的連関,法則を探求することである。しかし,科学的認識は一般的な法則のそれだけでは不十分で,その理由は「実際生活上の関心」と「理論的思惟上の関心」から説明できる。結局,「ノモグラフィア的科学」と「イデオグラフィア的科学」とは相補的である。

 (3)「イデオグラフィア的科学」の内容を形成する「イデオグラフィア的知識」は,「個別的なもの」に関する知識で,われわれにとって最も関心のあるそれである(「ことごとく」の知識ではない)。統計的関心から言えば,それは「集団」である。「集団」を研究する統計学は,「イデオグラフィア的科学」に属する。それでは,チュプロフのいう「集団」とは何か。それは「永続性」のあるものであるが,個々の個別的なものが現実に一つの全体を形成している必要はなく,それらが相互作用をしたり,同種的であったり類似的である必要はない。注目されなければならないのは,「集団」の安定性である。

 (4)「ノモグラフィア的科学」と「イデオグラフィア的科学」の関係は,後者の基礎に前者が横たわっているというものである(両者は優劣関係ではない)。従来,科学の理論では,因果的側面が重視され,「個別的なもの」,とくに「集団」に関する知識は軽んぜられてきたが,社会科学のみならず自然科学でもそれが大きな役割を果たしているときには,その理解は通用しない。そして統計学と統計的方法の関係について言うと,両者は「統計的関心」に,つまり「集団」に関わる。しかし,統計学は現実を個別的に記述するものであり(「集団」の記述),統計的方法は「集団」を媒介に現実の因果的関係を解明する。「集団」は統計学にとっては「自己目的」であるが,統計的方法にとっては「目的のための手段」である。換言すれば,チュプロフにとって,統計学は「イデオグラフィア的科学」に属し,統計的方法は「ノモグラフィア的科学」と「イデオグラフィア的科学」を仲介する位置にある。

 筆者はチュプロフの見解の基本的特徴を次のようにまとめ,それぞれにコメントをつけている。①現実を認識できない混沌と理解していること。 チュプロフは,このことによって不可知論的認識論から出発している。②科学的認識を一つの統一的過程とみないで,「一般的なもの」と「個別的なもの」という2つの異なった過程に分けている。チュプロフにあっては科学とは主観が対象に働きかけ,主観の「観点」で科学が分類されている。③「一般的なもの」に関する知識は「単純化」「図式化」と考えられ,およそ因果的連関,法則を把握しようという姿勢はない。④「イデオグラフィア的科学」は時間的および空間的規定を受けた「個別的なもの」に関する科学であるものの,結局「集団」に帰する科学とされ,さらに同じ「集団」に関する科学も,上記に示した統計学と統計的方法とに分離される。集団の客観的特性は問題とされず,集団は主体の抱く関心によって構成されるだけである。⑤「ノモグラフィア的科学」と「イデオグラフィア的科学」とは同等の意義をもつとされ,統計的方法が両者を結ぶ環と考えられている。その狙いは,科学の一般的方法としての統計的方法を諸科学に導入することを合理化し,論理的に基礎づけることである。要するにチュプロフの見解は,統計的方法を新カント派哲学によって基礎づけ,それを科学的に合理化し,確証する試みであった。しかし,新カント派に全面的に依拠しない側面をもっていたことも事実であり,「一般的なもの」に関する科学と「個別的なもの」に関する科学とを統一的に理解しようとする契機ももっていた。
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