社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

浦田昌計「A.L. von Schlozer の統計思想」『経済学雑誌』(岡山大学)3巻1号, 1971年6月

2016-10-16 22:13:31 | 4-2.統計学史(大陸派)
浦田昌計「A.L. von Schlozer の統計思想」『経済学雑誌』(岡山大学)3巻1号, 1971年6月 (「シュレーツェルによる国状学の展開(第6章)『初期社会統計思想研究』御茶の水書房, 1987年」

 この論文は, ドイツ国状学の系譜でアッヘンワルの直接の継承者だったシュレーツェル(1735­1809)の人と学問について論じたものである。問題意識は, 国状学と言えば, 非数字的な歴史的記述派という見方(ローレンツ)の誤りを正すことにある。叙述の順序(節の構成)は, (1)シュレーツェルの生涯と統計学への歩み, (2)シュレーツェル統計学の規定と統計理論の課題, (3)官庁統計にたいする見解, (4)数量的観察と政治算術にたいする見解, となっているが, ここでは必ずしもこの順序通りに纏めることはせず, 要点を列挙していく。

 牧師の子として1735年に生まれたシュレーツェルは, ヴィッテンベルク大学で文献学的な研究に関心をもっていた。生涯の最初の転機はゲッチンゲン大学でミヒャーエリス教授のもとで比較言語学の方法に関する研究で指導を受けたことであった(この過程で, セム族との共同生活によって彼らの言語の知識を研究する課題を与えられ, 東方計画を企画)。その後, スウェーデンに滞在(1755­59), 文筆活動(「商業開運一般史試論」), ハンブルク書籍商の依頼による政治報告の送信業務への従事などを経験し, さらにスウェーデン製表委員会でワルゲンティンと邂逅し, 人口問題に開眼した。

 この後のシュレーツェルの活動は, 目まぐるしい。1759年に彼は再びゲッチンゲン大学に入学し, アッヘンワルのもとで政治的および法律的な講義を聴講したのもつかの間, 2年後にロシアにとび, ペテルブルクのアカデミー会員で歴史学者のミューラーの助手(ロシア史に必要な資料の蒐集にあたる)となり, さらにアカデミーの実質上の指導者であったタウベルトの推挙で貴族寄宿学校のラテン語教師の地位を得た(「統計学」も講義)。同時にタウベルトと協力して, ロシアの人口動態統計の作成にあたり, ロシア統計局の設立を提案したりした(実現しなかった)。その後, 病による長期休暇でドイツに帰り, ロシア科学アカデミーを辞職し, 母校のゲッチンゲン大学で教鞭をとる。ここで一般世界史を講義したが(これまでの経験を生かして北欧‐ロシア史の講義を特殊講義として行う), アッヘンワルの死を契機に彼が担当していた統計学, 政治学および国家史の教授を委ねられた(1805年まで)。主要著作は, 『一般的国家法および国家基本制度』(1793年), 『統計学の理論』(1804年)である。

 シュレーツェルの統計学は, アッヘンワルのそれの正統な継承である。彼は統計学を広義の政治学に, そしてその歴史的部分の一部と位置づけた。しかし, それにとどまらなかった。シュレーツェルは国家の基本力である社会の生産力要素の観察を重視し, さらに調査事項の研究と表式調査を前提とする表式モデルの研究を, 統計学の課題として設定した。
次に, シュレーツェルは主要な統計的材料を政府の調査にもとめるとともに, その真実性を批判的に検討した。具体的には, その公表の範囲が限定されていること, 調査そのものに誤謬があることを指摘し(調査表式の問題, 記入段階での誤りの可能性), その改善をもとめた。

 シュレーツェルはまた, 数量的観察と表示が多くの事項にとって不可欠の要素とした。対象が量的に測りうるかぎり, それを測ることは自明のことである。土地測量, 生産高調査, その他の基本統計(人口, 貨幣)などは, 政府によって作成されるが, それらは事象の測量(調査)によることになる。これらの調査結果は多くの場合, 数量的表示の形をとらざるをえない。

 これと関連して, シュレーツェルは, ジュースミルヒの政治算術を統計学の一環としてとりあげ(『統計学の理論』の第二分冊でジュースミルヒを取り上げることを予告したが実現しなかった), 統計利用の多様な形態を追及した。もっともそのことの意味は, シュレーツェルが大数法則の原理を統計学の基礎におこうとしたことにあるのではなく, 統計の蒐集者(利用者)による具体的な資料研究にあった。

 以上のような特徴は, アッヘンワル以降にみられた国状学的統計学の普及と多様化, 政治算術の交流, 政府統計の一定の前進に, シュレーツェルが柔軟に対応し, 自らの統計学の体系化に取り入れようとしたことの証である。
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