社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

上藤一郎「厚生労働省の生活扶助相当CPIをめぐる一考察」『統計学』第106号,2014年3月

2016-10-16 20:39:12 | 9.物価指数論
上藤一郎「厚生労働省の生活扶助相当CPIをめぐる一考察」『統計学』(経済統計学会)第106号,2014年3月

厚生労働省は2013年1月27日,生活扶助相当CPIを公表した。これは2010年を基準とした2008年の生活扶助相当CPIが104.5,2011年のそれが99.5で,この間の変化率マイナス4.78%を生活保護受給世帯における消費の物価下落率とみなし,実際の生活保護予算の削減率に適用した。筆者はこの試算の欺瞞性を,本稿で明らかにしている。

 筆者はこの生活扶助相当CPIをただ批判しているだけでなく,この指数作成にかかわる一連の試みと動きが「証拠に基づく政策(evidence‐based policy)」の悪い例として考察している。「証拠に基づく政策」とは,統計指標を政策立案評価に繋げ,政策の客観的数量的根拠を示すという国際的に支持されている考え方であるが,日本の場合にはそういった考え方から逸脱し,客観的に疑問のあるデータを意図的に作り出し,国民を説得するために使うという態度がしばしば垣間見られる。今回の生活扶助相当CPIがそれである。

以下は筆者の推算と,それにもとづく生活扶助相当CPI批判である。まずこのCPIがどのように計算されたかであるが,品目数は,生活扶助相当品目から非生活扶助相当品目を差し引いた517品目である。すなわち,この517品目の数字は,基礎データである総務省統計局作成の2010年基準の品目総数(小分類)の588品目から非生活扶助相当品目71品目を差し引いたものである。ここで注意すべきは,2008年の価格データとウェイトに欠測値が生ずることである(筆者はそれが32品目と推定している)。ということは,当局は2008年の当該CPIを,32品目の欠測値を除外し,485品目の価格データとウェイトを使って試算したということである。

問題は2点ある。第一の問題点は,厚生労働省社会・援護局保護課は2010年に準拠して当該CPIを計算したと言うが,その詳細を点検すると,比較時の2008年と2011年では品目数が異なり,異なったバスケットにもとづいたCPIの計算結果が比較され,2008‐11年の物価下落が4.78%となったと主張されたことである。第二の問題点は,当局の総務省統計局のCPI年次時系列データ(接続指数)と2008年の生活扶助相当CPIのそれ(同様の接続指数をとった場合)とが大きく乖離したことである。そうなった理由は,筆者によれば,「一般品目」「生活扶助相当品目」「非生活扶助相当品目」では「非生活扶助相当品目」の平均価格指数が最も高くなるが,ウェイトを考慮すると(加重平均),逆に「生活扶助相当等品目」の指数が最も大きくなるからである。このことを理解すれば,先の推計値は十分に裏付けられる。「・・・価格指数の単純平均と加重平均の結果が逆転するのは,ウェイトの相対的な大きさ(ウェイト比)が作用していると考えられる。つまり,非生活扶助相当品目には,価格が大きく下落した品目があるものの実際それらのウェイト比は小さく,結果として加重平均である総合指数では数値が小さくなったと推量される」(p.10)。ラスパイレス指数の大きさに影響を及ぼすのは,価格比とウェイト比に他ならない。

この後,筆者はこのような眉唾ものの生活扶助相当CPIが政治的に利用されたプロセスを時系列的に跡づけている。具体的には衆議院厚生労働委員会での長妻昭議員の質問にたいする厚生労働大臣の答弁などである。問題は上記の2008年の生活扶助相当CPIが厚生労働省の主張するような最新の消費動向を反映した指数とは言い難いにもかかわらず,そのことを無視して,学術的根拠があろうがなかろうが,法律上の拘束さえなければどのような算式を使おうが,またそれを実際の施策にいかに反映させようが,どうでもよいとする姿勢である。筆者がこの事例をもって,日本の「証拠に基づく政策」の脆弱性を露呈した一件であるとする所以である。

 筆者は書いている,「そもそも基準額の改訂根拠としてCPIを試算するのであれば,生活保護受給世帯の消費実態を調査し,それを反映させたCPIを作成するのが本筋で(あるが)・・・それにも拘わらず,厚生労働省が敢えて生活扶助相当CPIの妥当性を主張し続けるのには,何か物価変動とは別の理由がそこにはあるように思えてならない。/・・・生活扶助相当CPIをめぐる一連の経緯を検討していくと,それが生活保護受給世帯の消費実態に即したCPIであるというよりは,先に『4.78%の物価下落』という結論ありきのCPIであることがはっきりとする。その意味で生活扶助相当CPIとは,正しく政治的産物なのだといえよう」(p.13)。なお筆者は厚生労働省の生活扶助相当CPI批判に先立ち,,ジェヴォンスの主張,ラスパイレスとドロービッシュの論争を紹介している。本論文の主要テーマである生活扶助相当CPI批判との論理的つながりがやや不明だが,この論争が平均とウェイトをめぐる議論(算術平均か幾何平均か,単純平均か加重平均か)に終始し,異なるウェイトを用いて指数を作成し,比較する視点が全くなかったこと,バスケットの中身を変えた指数作成とその比較が学説史上なかったことを確認したかったのではなかろうか。
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