社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

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1.蜷川統計学と社会科学方法論説

2016-11-05 17:45:06 | 社会統計学の伝統とその継承
Ⅰ 蜷川統計学と社会科学方法論説

■はじめに
 蜷川虎三が体系化した統計学は,戦後の社会統計学の展開の源に位置する。蜷川統計学と称されるこの統計学は,その体系の堅固さの点で,また統計学界に及ぼした影響力の点で,日本の社会統計学の発展の礎石となった。蜷川は戦前に3冊の代表的な著作を刊行した。『統計学研究Ⅰ』(1931年),『統計利用に於ける基本問題』(1932年),『統計学概論』(1934年)である 。蜷川統計学の体系と構成さらには内容を整理した論稿には,次のものがある。大橋隆憲「統計理論の定式化と形式主義化」(1963年) ,野澤正徳「経済統計論の対象と性質-序説-」(1975年) ,内海庫一郎「蜷川の統計学説について」(1988年) ,中江幸雄「蜷川統計学と真実性批判-序論-」(1981年) ,横本宏「蜷川における集団論」(1984年) などである。また,蜷川執筆の A Study of the Nature of the Social Mass の翻訳を掲載した蜷川統計学研究所『研究所報No.2』には,詳細な「蜷川統計理論概要(一覧表)」が付録としてあり,蜷川統計学の全容を知ることができる 。

 統計方法を対象とする蜷川統計学は, 4つの特色をもつ 。第1に, それは統計利用者の立場にたった統計学である。第2に, 統計方法を「大量」の数量的研究方法とすることで, 統計方法の端初を「大量」におき, 大量の性質, 特質から統計方法の一切の規定を導き出す統計学である。第3に統計による現実の社会経済現象の測定と関わる統計誤差に, 統計利用者の側からみて二種の誤差が存在することを明らかにし, これらを統計の信頼性の吟味, 統計の正確性の吟味として位置付けた。第4に, 統計の数学的処理が, 統計の反映する対象の性質の相違によって異なる意味, 異なる結果をもたらすことを明らかにした。

 以下では統計学の対象を大量,すなわち社会的集団とした点に焦点を絞り,その体系をめぐる社会統計学分野での議論を紹介し,検討する。

 ドイツ社会統計学の成果を批判的に継承した蜷川は統計学体系の構築には,統計とは何かという問いから出発しなければならないとし,統計が社会集団を反映した数字であるとした 。従来,統計学の学問的対象として十分に理論的に基礎づけられなかった社会的集団(=「大量」)を統計学の原点に措定したところに蜷川の炯眼がある。

蜷川にあっては,統計的「集団」は2とおりに規定される。一つは, 統計調査を予定した「存在たる集団」であり, もう一つは数理的統計法が適用される「意識的に構成された集団(解析的集団)」である。前者は, 意識から客観的に独立して存在する対象的集団である。後者は研究者が統計的法則=安定的数値をもとめるために, 方法的に構成された集団である。「大量」は大量観察法で具体的,数量的にとらえられる。その実現過程が統計調査過程である。この過程は統計が客観的存在を正しく反映しているかどうかを検討する基準にてらし,理論的過程(大量の4要素を大量観察の4要素として規定する過程)と技術的過程(統計調査,統計加工,統計実務の過程)とにわけて考察することができる。前者にかかわる統計の真偽性の問題が信頼性という論点,後者のそれが統計の正確性という論点である。

社会統計学の系譜をその淵源まで遡ると,戦前の日本の統計学の諸研究があり,蜷川統計学はそれらと無関係でない。したがって,時間と紙幅の余裕があれば,それらと蜷川統計学との関連を究明しなければならない。ここではそのことの指摘だけをしておきたい。ただし,蜷川統計学がドイツ社会統計学の成果から強い影響を受けていたことだけは,特筆に値する。このことの意味は重要である。なぜなら,蜷川統計学を出発点とする戦前の社会統計学の展開,すなわち統計学史研究,統計的認識の可能性をめぐる論争,数理統計学の批判的研究,ソ連統計学論争,物価指数論の評価は,蜷川統計学がバックボーンにあり,その統計学の学問的性格の理解は,これら諸論点の理解に欠かせないからである。

 蜷川統計学体系の特徴は,別の角度からみると,統計的認識の在り方を問うていることにある。蜷川にあっては,統計学の主要な対象は統計方法であるが,その方法は現実の社会的経済的諸現象に規定されるとする。この考え方は「統計学=社会科学方法論説」と呼ばれる。大橋は後に社会科学方法論説を,次のように簡明に特徴づけている 。
 (1) 統計学の研究対象は統計方法である。/(2) 統計方法とは,社会認識の目的の下に,統計対象を統計結果として捉える過程の方法的諸規定の特殊な結合形態である。統計方法は統計対象と統計目的によって規定される。/(3) 統計対象(統計方法の成立基盤である統計方法の適用対象)は社会集団の運動過程(社会集団過程または社会集団現象と略称)である。(4) 統計目的(統計方法の適用目的)は,社会の具体的・数量的目的という以上に,一般的に規定することは困難である。けだし,統計主体のおかれている立場と条件によってその課題は異なるからである。/(5) 統計結果(統計方法の適用結果)は一般に統計と呼ばれる。統計はその生産過程たる統計方法過程の段階経過によって加工度と性格を異にする。しかし,社会集団過程を数量的に反映するかぎりにおいて,いずれも統計である。統計は社会認識の手段・用具である。しかし,統計結果は統計対象と無関係に,単なる数値として,ひとり歩きしうる必然性があり,社会認識を誤らせることになりかねない。

■内海,足利による蜷川統計学批判
 内海庫一郎,足利末男は蜷川集団論に論点を絞って,その統計学に疑義を呈した。『統計学』創刊号(1955年6月刊)で,内海庫一郎「弁証法と蜷川統計学」 と足利末男「集団について」 は,蜷川統計学について批判的に論じている。まず内海は蜷川統計学に対し,弁証法なき統計学として,また足利末男は二元論的統計学として,その批判的克服を提唱した。これらが契機となり統計学の対象をめぐる議論が繰り広げられた 。

 議論の直接の発端は,内海の問題提起である 。内海によれば,統計の対象は必ずしも蜷川が規定した「集団」でなければならないのではなく,「個体」であってもよい。統計対象=「大量」は「その存在が社会的に規定された集団」ではなく,社会的存在がその一面において集団なる性質をもつ,と規定すべきものである。統計対象は,社会的存在の数量的側面という規定だけで十分である。統計対象を必ずしも集団としない主要な理由は,次のように説明された。すなわち,人間集団は人と人との交互作用からなる社会関係=生産関係からなり,この交互作用自身が「集団」化され,反復・安定・固定化すれば,社会科学の研究対象である社会制度,社会構成体となる。そうなると,特定の交互作用を営む人間集団がそれ自身「個体」化し,かつその個体独自の質的,構造的,および量的規定性をもつ。企業,国営企業,中央銀行などは,個体=構成体である。企業の会計組織,権力機構の収支(すなわち財政),あるいは日銀の兌換券発行高などは,これら個体の数量的属性である(集団とは言えない)。それらは,個体=構成体の単一な数量的規定であることにその本質的意義がある。この内海見解に対して,支持を表明したのは木村太郎 であり,集団説の視点から異議を唱えたのは大橋隆憲 である。

 内海は「解析的集団」にも矛先を向ける。その結論は,統計の利用・加工あるいは「統計解析」の目的は「安定的結果」の追求,「統計法則」の発見にあるのではない。社会科学の目的は「統計的法則」の発見にではなく,客観的な社会法則の発見,およびそれらの諸法則の組み合わせによる諸規定の総合としての具体物とその運動の観念的再現である。「統計法則」はその過程における一つの段階,いわゆる「経験的法則」ないし「実験式」を意味するにすぎない。内海はまた,蜷川の「単なる解析的集団」の概念にも首肯しない。時系列に反映される「集団」は「単なる解析的集団」ではなく,まさに「大量」の発展変化そのものである。それは目的によって構成された人工的産物ではなく,「大量」の発展変化の反映,すなわち客観的運動変化の反映そのものである。時系列が「単なる解析的集団」であるのはむしろ例外で,一般には「大量」の運動変化そのものの反映であり,その分析は安定的結果の発見ではない。

 他方,足利による蜷川統計学の評価は,次のようである。蜷川の「集団」論の特徴は, それまで曖昧なまま取り扱われていたこの概念の中身を明確にしたことである。足利はこのように, 蜷川「集団」論を評価しながらも, それが二元論的構造をもっていることを指摘した。蜷川にあっては, 統計学は統計方法を研究する学問であり, この場合の統計方法とは大量観察法と統計解析法である。両者は一体であるが, 大量観察法は社会的にその存在を規定された集団である大量を把握する方法であり, 統計解析法は大量観察法を出発点とするが, 独自の制約のもとにある方法である。統計学は大量観察を基礎とするが, 大数法則の解明もそこに存在根拠を有する。統計方法による研究の目的は集団のもつ安定性, あるいは他の集団との安定的依存関係である。要するに, 蜷川統計学の体系は, 社会科学に理論的基礎をおく大量観察の方法的規定としての大量観察法と, 数理的方法としての統計解析法とからなる。この点が足利のいう蜷川統計学の二元論的構成である。

 蜷川理論の積極的遺産(更に展開されるべき方向)と消極的遺産(克服されるべきもの)とは明確である。すなわち, 前者は統計学を社会科学に属する一個の学問と規定し, 統計学の研究対象が社会科学の一研究方法であるとし, その根拠を明らかにしたこと, 統計を唯物論的に解釈したこと(統計の本質・実体を実在する集団としたこと)である。後者は集団の二元論的把握, その延長での統計学の二元論的性格として克服されるべきものである。以上をふまえたうえで,足利は社会統計学の課題を2点にまとめている。一つは, 社会科学の理論によって, 統計学の体系を一元的に構成すること, もう一つは社会的集団と他の社会科学の対象である社会現象との関係を明らかにし, とりわけ社会現象の量的把握が社会科学的認識に対してもつ役割を明確にすることである。

■木村統計論をめぐって
 統計学の端緒を社会的集団概念におくことに反対した木村によれば ,集団概念は統計学の成立以降,統計学の内部で形成された概念であり,数字資料としての統計はそれ以前から歴史的に存在していた。したがって統計学の存在以前に既にあった統計の概念を,統計学によって形成された概念である社会的集団から説明するのは矛盾する。統計=社会的集団という統計の規定は,統計学の内容である統計方法によって与えられたものである。統計を統計学の枠内における統計方法と関連させてとらえるのでは,歴史的存在としての統計を正確に理解できず,ひいては統計学のより発展的展開を阻む結果に陥る,と言う。木村はこのような理解にたって,統計を「社会経済過程の諸局面を総量的にあるいは代表的に反映する数字的資料」と定義づける。

 統計の生産過程は(木村は統計調査に基づく統計の作成よりも広義の概念として,統計の「生産」という用語を多用する),社会経済過程の諸局面の数量的認識を獲得するための直接的観察過程であり,方法としては調査過程である。この調査は,運動する諸過程の静態的側面と動態的側面とに対応して,静態的観察と動態的観察とに区分できる。いずれにしても観察によって数量的に捕捉する対象は,観察単位である。統計的方法で重要になるのは,観察単位の設定と観察単位集団の補足である。静態的観察過程で直接観察の契機となる観察単位は,人間,農家,工場といった時間的空間的存在である。これに対して動態的観察過程で観察の契機となる観察単位は,人間の出生,死亡,火災,交通事故など現象の発現を根拠にして捉えたもので,存在そのものではない。従来の統計学(社会統計学も含む)では,こうした点が曖昧で,二つの観察形式の基本的差異性は大量観察法の対象である社会的集団の種類(静態的集団と動態的集団)の問題として説明されるにすぎなかった。

 静態的集団を対象とする観察単位集団は,客観的に存在する社会的(歴史的)集団である。観察対象は存在たる社会的集団であり,厳密に言えば社会経済関係を前提とした構造的総量(構造と関連性をもった代表値)である。したがって,ここでは観察単位や標識の規定が重要になる。木村はこの議論との関わりで,大量観察法が資本主義の初期段階の集団を観察する方法として最も適したものであると,述べている。資本主義が発達して独占が登場すると,統計の生産方法としての大量観察法の意義は後退する,というのが木村の見解である。大量観察法は観察対象である社会経済過程における諸属性がどのような方法で生産されるかを問題としない。これに対し,独占の登場は,統計生産の問題を属性自体の記録方法に転化する。観察単位における属性,特に量的属性の記録方法の問題は大量観察方法を固有の統計方法とする限り,その枠外の問題とせざるをえなかったが,統計生産一般として捉えると,重要な論点となる。

 動態的集団観察法を構成する観察単位は,現象の発現そのもので,それ自体が存在ではなく,意識的に構成された集団である。それゆえ,事象の発現をもれなく捕捉するための組織,すなわち系統的な調査単位の設定が重要な意味をもつ。こうした事情から動態的集団の観察の多くは,行政機関や経済機関を通じ,これらの末端機関を調査単位として業務上の必要から行われる。

 動態的集団の観察過程では,静態的集団のそれにみられるような,第一義統計と第二義統計の区別は困難である。そこでの観察単位の補足は多くの場合,申請,許可などを含む届出によるので,いかなる調査単位を通じていかなる方法で観察単位を漏れなく,重複なく捕捉するかが重要なポイントになる。またそこでの観察単位の問題は重要でないわけではないが,静態的集団のそれにおけるほどの決定的意義をもたない。標識は発言した事象そのものの属性について,動態的観察単位集団の分類の基準として設定される。分類した結果表は客観的存在の構造を反映するものではなく,発現した事象の現象としての傾向を示すにすぎない。

 木村にあっては,統計は「社会経済過程の諸局面を総量的にあるいは代表的に反映する数字的資料」と定義づけられるので,対象が社会的集団でなくとも,一個の観察単位がありその属性が社会経済過程の特定局面で,総量的かまたは代表的な数字であれば,統計としての資格をもつ。換言すれば,一個の観察単位の属性であっても,それが社会経済過程の総体を語る資料であれば,それは統計である(日本銀行の日銀券発行高など)。

 木村はその著『統計・統計方法・統計学』 で,蜷川以来の従来の社会統計学の誤りの根源が上記に示したように統計=社会集団説にあると唱え,統計学の「首座」に統計をおく真の統計の学の再構築を提唱した。この著の批判的考察を行った広田純によれば,木村の見解は次のように要約できる,とする 。(1)観察単位の量的属性に関する総和の統計は標識和であり,集団ではない。しかし,社会集団説は,この標識和の統計にも社会集団を想定する。(2)静態的観察単位の標識和としてとらえられる動態量は動態集団とはいえない。動態集団とは,動態的観察単位集団である。(3)社会集団説は標識和の統計にも社会集団を想定し,不連続集団と連続集団,「数えるべき集団」と「測るべき集団」とを区別するが,連続集団とか「測るべき集団」という概念は形容矛盾である。

 広田はこの木村見解に対し,統計を標識和として規定すれば,それが集団でないのは自明であるが,問題の所在は統計自体ではなく,統計対象が集団であるかどうかという点にあり,木村は統計そのものと統計対象の意義の違いを理解していない。関連して,木村は「測るべき集団」と連続集団を同一視し,フラスケンパーと蜷川虎三をなで切りにするが,「数えるべき集団」と「測るべき集団」の区別は,集団の構成単位が同じ大きさの単位であるか,異なる大きさの単位であるかの区別であり,統計対象の区別である。これに対し不連続集団と連続集団の区別は,統計が連続量か不連続量かの区別である。したがって,連続集団という概念が形容矛盾であるという指摘は当たっているが(フラスケンパー批判),蜷川の所謂「測るべき集団」まで否定するのは妥当でない(論理の飛躍)。いずれにしても,木村の社会集団説批判は統計対象が社会集団であることの部分的否定の立場をとりながら,実際には「統計と統計対象とを区別し,前者を後者の数量的表現とみる立場」に対する批判である。

 広田は続けて述べる。木村によれば,集団説は統計を集団観察の結果たる数字と捉える見解であり,これは統計方法によって統計を規定し,統計の範囲から集団観察の結果でない数字資料を排除することになると言う。木村のこの解釈は誤解であり,集団説は統計方法によって統計を規定するとは言っていない。広田によれば,社会集団説は,統計対象を社会集団と規定したうえで,この社会集団を統計として捉える方法が集団観察であると規定する。統計は社会集団を語る数字であると同時に,集団観察の結果たる数字である。社会集団説の立場は,根本的には,統計を統計対象によって規定するというものである。したがって,木村の集団観察の捉え方こそ問題がある。木村は社会集団説で言う集団観察を集団(・・)に(・)よる(・・)観察の意味と捉えるが,そうではなく集団観察は社会(・・)集団(・・)を統計として捉える方法という意味である。社会集団説が統計方法で統計を規定しているとすると批判する木村見解は,自前で解釈した社会集団説の批判である,と。
 広田はこの後,木村の統計利用論にコメントを与えているが,その部分は本節のテーマからやや離れるので省略する。

■大屋統計論をめぐって
 蜷川統計学に始まる「統計学=社会科学方法論説」に比較的早い時期から異を唱えたのは,大屋祐雪である 。その批判は集団論にとどまらず,統計学の枠組み全体に関わる内容で本節のテーマを超える部分を含むが,無視できない議論なのでここで取り上げる。

 大屋は1964年に開催された経済統計研究会第8回総会で,反映・模写論に立脚する独自の統計学の構想を試論として発表した 。この理論の内容は,大屋自身の説明によれば,次のようである。(1)統計とりわけ政府統計は社会的労働の特別の形態として歴史的にも, 社会的にも恒常性があり, 統計的研究から相対的に独立した地位, 性格, 役割をもつ。(2)経済分析, 経済計画は官庁エコノミストの役割であり, 行財政の一環として制度化されている。(3)政府は最大の統計生産者であり, 最大の利用者でもあるので, 国家と統計, 国家と統計作成の関係の究明は社会統計学の課題とならざるをえない。社会統計学としての統計学の成立基盤は, そこにある。(4)統計利用は,特殊歴史的な形態と性格がある。(5)種々の統計利用も社会現象として, 特殊歴史的な社会過程として考察されなければならない。(6)統計学=社会科学方法論説では, こうした点が理論化も体系化もされていない。(7)どういう視座にたてば, この種の問題が統計学の直接的な研究対象となり, 上記の課題を解明する統計学になるのだろうか。視座が問題にされる所以である。(8)「反映=模写論」は,その視座である。この視座は資本主義社会の統計, 統計作成, 統計利用を特殊歴史的な過程としてとらえ, その発展を歴史的・論理的に追及するために構築される。(9)この思考様式にしたがって, 現代統計をめぐる諸実践の特殊歴史的な社会的性格とそれらの理論的技術的構造を明らかにしなければならない 。

大屋理論に対しては,社会科学方法論説の側からの反論がただちになされた。その反論が急であったのは,社会現象としての統計調査,統計利用における研究の立ち遅れを指摘した大屋の立論がその原因を,蜷川統計学の体系(あるいは社会科学方法論説)を支える原理そのものにもとめたからである。大屋理論に対して,その問題点を積極的に取り上げ,批判したのは近昭夫である 。近による「反映・模写論」の批判の論点は,概略,以下のとおりである。大屋の反映・模写論では,統計の対象反映性,統計の利用方法の科学性は問題とされなくなる。なぜなら,この理論では統計,統計調査,統計利用は所与の客観的事象であり,統計学の研究対象は客観的事象それ自体の歴史的社会的性格となるからである。独立の実質的科学としての統計学は,それらを客観的視座から反映・模写すればよい。大屋理論を継承する世利利夫はより直截に,統計の対象反映性や利用方法に関わる成果を,社会科学的知識の理論にもとづく統計利用の心得あるいは注意書きととらえ,統計学の対象が統計活動に内在する統計技術の論理の社会体制への「適合性」「適応性」の考察でなければならないと提唱する 。

 近はこのような論理では,統計によって客観的対象である経済社会現象をどのように,どの程度認識できるかという課題,すなわち現行の政府統計の信頼性,正確性がどのように理論的方法論的に保証されているかという問題の検討が統計学の視野から抜け落ちる。なぜなら,反映・模写論では,たとえば国民所得統計や産業連関表も計量マクロモデルも数理的手法も,それらの存在が大前提として所与の現象となり,統計学はこれらを客観的現象としていわば外在的に眺めることになり,これでは結果的にそれら諸統計,諸方法の無批判的是認につながるからである。

 もっとも,近は従来の社会科学方法論説的立場にたった統計学に問題がなかったとしているのではない。大屋が指摘した社会科学方法論説的統計学が政府の統計活動あるいは統計制度それ自体の研究を十分に検討していなかったこと,統計利用者の立場を強調する蜷川統計学における調査論が指導的統計家による目標設定の意義を軽視し,統計的労働工程の考察を欠落させていたことについては同意している。

 伊藤陽一は, 「統計調査の社会現象的側面, 統計制度を研究対象にどう組み込むか」という問題を大屋理論の積極面と評価し, また「統計利用論の実質的内容の獲得」について, 見解を述べている。「統計調査の社会現象的側面, 統計制度を研究対象にどう組み込むか」については,「統計環境の悪化」, 情報の独占と独占的利用, 情報の公開とプライバシー保護, 統計法のあり方の是非など, 従来社会統計学によって十分に検討されなかった問題を, 社会科学方法論説の成果に立脚しながら, 大屋の所説を発展させなければならないと伊藤は書く 。

 岩井浩は大屋理論に若干の疑問を呈しながら次のような評価を与えている。「大屋の統計,統計調査の歴史的資本主義的特質の把握,統計と国家の関係の解明は,蜷川以来の社会科学方法論説が,統計方法を主たる研究対象とするがゆえに,統計調査の客観的過程,その歴史的,社会的要因の把握をその対象のかたわらにおいてきたことに対する正当な批判であり,かつ大きな意義をもつものであった」と 。

 以上,本稿では蜷川統計学の体系と方法に関わる諸論点の展開をまとめた。最初に蜷川統計学の特徴を示し,次いでこれに対する内海庫一郎,足利末男による批判的論点を紹介する。さらに,木村太郎,大屋祐雪によって論じられた蜷川統計学の批判的克服の試みとそれらに対する社会科学方法論説からの反論と同意を示す。以上は,およそ1980年中頃までの議論の展開である。ところで蜷川の集団論の位置づけをめぐる認識論次元の議論はその後,大西広が統計的認識の本質を構成説の視点から再検討する形で再燃した。これについては,ここで詳しく取り上げる余裕はないが一言付け加えると,大西の議論は蜷川のいわゆる大量をいかにとらえるかをめぐる大橋と内海の論争,野澤の統計認識論,山田満の蜷川批判をふまえ,ソ連統計学論争の構成説的観点からの批判的受容をとおして打ち出されたことに特色がある 。大西による内海理論の誤解を指摘し,その見解の全体に批判を行ったものに,是永純弘「[書評]大西広『「政策科学」と統計的認識論』」がある 。




 
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