社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

吉田忠「政治算術とイギリス経験論(第2章)」『統計学-思想史的接近による序説-』同文館, 1974年

2016-10-17 15:30:22 | 4-3.統計学史(英米派)
吉田忠「政治算術とイギリス経験論(第2章)」『統計学-思想史的接近による序説-』同文館, 1974年

数理統計学を方法的に支える2本の柱は, 機械的唯物論と不可知論とのことである(p.53)。とくに, 数理統計学の歴史の初期に登場したK.ピアソンの統計学は, ヒユーム流の不可知論と結びついていた。本稿は, イギリスの政治算術と経験論との関係を論じたもので, これがメインテーマであるが, 他方でその経験論の延長に登場した不可知論の系譜を追跡し, この国の統計学とのかかわりを俯瞰している。

 政治算術に関して, グラントとペティの業績を詳しく紹介している。グラントは, その著『死亡表に関する自然的および政治的諸観察』で, 膨大な死亡表から人口現象にみられる規則性を見出した。それにとどまらず, その規則性の背後にある社会そのものを数量的に捉えた。ロンドンの人口を推計し, この都市の死亡率の相対的な高さの原因として人口集中と石炭消費増加による大気汚染をつきとめた。さらにロンドンの人口問題だけでなく, 「洗礼出生数の増減と宗教上の紛争・職業と寿命・『特殊の死因』としての餓死者・『富の父』としての労働の保全等々, 市民革命期のイングランド社会が提起していた諸問題」(松川七朗)の観察に及んだ。

 ペティの政治算術の方法は, その著『政治算術』に明らかである。ペティは, イングランドの国王と国民を鼓舞する目的で, この本を著し, そのなかで英仏の国力の比較し, またイングランドの富をさらに増大させる原動力としての「余剰利得」という概念を使った。この概念は, プリミティブではあるが, 労働価値説の萌芽を示すものである。ペティは, その後, 地代の分析のなかで富を形成する本質が労働であることに気づき, その観点から地代を捉えるようになる。「・・・政治算術は帰納法のような単純な実証方法ではない。まず, 複雑で矛盾にみちた現実を分析することにより現実の裏にある本質をつかみ, 社会科学的概念を形成しようとする。この概念を用いて矛盾する現実を合理的に総合することにより, 概念自体が確かめられる。またはじめ混沌たる表象にすぎなかった現実は理論的に整理された構造として認識されることになる。このような方法論的過程のなかに数量的認識による実証的方法が切り離しがたく組みこまれており, 重要な役割を果たしているのである。ここに社会科学方法論としての統計学のみごとな典型をみることができる」(p.44)。

 この叙述に先立ち, 筆者はベーコンの帰納法について論じている。ベーコンによれば, 科学がとらなければならない方向は客観的事実に合理的方法を適用する経験科学であり, 人間生活の物質的諸条件を変えていくものでなければならない。帰納の手続きは, その出発点で経験そのものを徹底的に検討し, 感覚のゆがみをとらえるために感覚の補助として観察資料と実験データを集め, それらを分類整理する。この操作は, 「最初の収穫」である本質認識のために行われる。しかし, これだけでは, 単純枚挙帰納法の段階にとどまる。そこで, 「自然の解明と真の完全な帰納に関して知性に役立つ他の補助手段」の「特権的事例」によって認識の向上をはかる。「現象の形式的差異から種差を区別し, それに依拠して事物の本質に肉迫しようとしたことが, ベーコンの帰納法を単純枚挙帰納法から区別し, さらに種差をこえた普遍的概念の形成を可能ならしめた」のである(p.35)。筆者は, 政治算術の背後にあった科学論をここにみている。

 ベーコンは特権的事例について, その事例を示すのみで, その基本的規定やそれがどのように「最初の収穫」を高めるのかを論じていないらしい。筆者はそこにイギリス経験論が形式的必然性による帰納推理の正当化だけを問題とし, 不可知論につながっていく理由を見出している。

 筆者はイギリス経験論に立脚する哲学者について, ベーコンに続くホッブス, ロックにも言及している。『リヴァイアサン』を著したホッブスは事物の客観的存在が認識に先立つとして唯物論の立場をとっていたが, 経験一般を感覚に純化して知識の根源を感覚にもとめたロックでは唯物論の観点にたつことに動揺があった。この伝統は, 彼ら以降, 18世紀のフランスに唯物論に継承されたが, 本国のイギリスではバークリー, ヒュームが不可知論へと傾斜し, 異なる方向にむかった。筆者はこの因果関係の客観性を否定したバークリー, ヒュームの不可知論の要点を要領よく整理している。「それは要素的な感覚印象を秩序づける規定性をいっさい否定することであり, ベーコンの意味での帰納による本質的把握の可能性の否定である」(p.51)。この不可知論こそ, K・ピアソンの統計学を支える思想的基盤であったことが指摘されて, この章は閉じられている。
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