社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

山田喜志夫「経済成長論の基本構造-成長率理論批判-」『経済評論』1965年3月

2016-10-18 11:02:53 | 12-1.社会科学方法論(経済学と方法)
山田喜志夫「経済成長論の基本構造-成長率理論批判-」『経済評論』1965年3月(「経済成長論批判」『再生産と国民所得の理論』評論社,1968年)

 ドーマー,ハロッドの経済成長論をマルクス経済学の立場から批判的に論じた論文。これらの成長論は,資本主義経済の再生産過程,資本蓄積過程を何らかの形で反映した理論であるが,現実を歪曲し,一面的に反映している。全くのナンセンスな理論ではなく,この観点から,近代経済学の成長論を論ずるというのが著者の姿勢である。

 成長理論は,商品循環を国民所得の運動において反映したものであり,成長とは国民所得の成長である。換言すれば,成長論は商品資本循環で表現される社会的総資本の拡大再生産の一部である国民所得の運動を捉えたものである。

 成長論の基礎概念は,ケインズ経済学の国民所得およびこれと関わる投資,貯蓄,消費などの諸概念である。そこで筆者は,当該テーマをケインズの国民所得論の検討から始める。この理論では,有効需要(投資需要,消費需要)の大きさが国民所得の大きさを規定するとされる。有効需要は投資への貨幣支出と消費へのそれによって決まるというのである。しかし,この過程G-Wはそれに先行するW-Gがあり,前者を後者から切り離してはならないが,有効需要論は商品循環の全過程を後者に始まるとする理論である。筆者はこのことを別の視点(拡大再生産過程における国民所得の流通[生産,分配,消費])からも検証し,有効需要の内的構成,すなわち投資需要か消費需要かが社会的総資本の拡大再生産過程における商品の素材構成によって客観的に規定されることを明らかにしている。

 成長論は以上のようなケインズ理論を基礎にしている。この理論は商品形態を国民所得の運動に対して相対的な独立性をたもっているにすぎない貨幣形態をとるそれを絶対化することで成り立っているのである。筆者はさらに関連して,成長理論の投資概念,国民所得概念の非科学性を確認している。前者は当該年内に消費されない財貨への支出というように,また後者は不生産的部門の収入も国民所得の一構成要素というように没概念的に規定されている。

 成長理論は何をもって成長と言っているのだろうか。端的に言えば,成長とは国民所得の実質額の増大,換言すれば拡大再生産を国民所得の使用価値量の時間的変化にともなう増加としてのみとらえる。成長論は要するに実物表示の体系である。したがって,貨幣の問題,価格の問題は無視され,一般価格水準は不変と仮定される。このような実物の集計量で国民所得がとらえられるので,国民経済の内的構造,部門間の不均等発展,個別資本の競争関係といった再生産の構造的問題は最初から射程外におかれる。
 筆者は以上の考察を経て,ドーマーとハロッドの成長論の中身の検討に入る。ドーマーには「投資の二重効果」の理論がある。
  1/α ∆I= Iσ(1),∆1/I = α(2)  

(1)式は左辺が乗数理論にもとづく所得効果(投資乗数×投資増分)を表し(需要側),右辺が投資によって生ずる産出高の増加(新投資率×投資の潜在的社会的平均的生産性[産出係数])を表す(供給側)。(2)式は左辺が投資の年成長率を表し,右辺は必要成長率で限界貯蓄性向と産出係数の積(必要成長率)である。この理論では,投資は生産能力を増加させる生産力効果(供給)と,投資が乗数を通して所得を生み出す所得効果(需要)との関連において両者が一致すると仮定される。この状態を維持するには,生産能力と所得が同一率で増加しなければならない。また均等成長のためには,国民所得は貯蓄性向と投資の平均生産性の積に等しい一定の率で成長しなければならない。ドーマー理論の核心的部分は,以上である。

 これに対してハロッドの適正成長率の理論は,一様な進歩の均衡を表す方程式が次のように示される。G_w・C_r=S  ここでSは所得のうちから貯蓄にまわる割合,Gw は保証成長率,Crは新資本の必要を示す均衡的な額である。この方程式が示しているのは,均衡成長の達成には,投資が貯蓄に均等であるような成長率が必要であり,貯蓄と投資の一致が円滑な拡大再生産のために必要な条件であるということである。

筆者はドーマー,ハロッドの成長論を吟味して,投資概念の非科学性はあえて問わないとすると,それぞれの成長の方程式が現実の商品循環の,あるいは社会的総資本の再生産条件のごく一部を,矮小化してとらえていると言う。すなわち,ドーマーの方程式では,投資の二重効果が国民所得の供給側と需要側とで等式で結び付けられているが,供給側は生産過程を含む期間の国民所得の増分であるのに対し,需要側は生産過程を含まない流通過程での国民所得の増分である。両者の実質的意味を考えるなら,左辺と右辺は等置できない。とくに,乗数理論における所得増分は,所得の増加が投資の増加によって決まると言うのであるから,それは生産過程を含まない流通過程の枠内での増分である。生産過程を含まない期間についての国民所得の増加は,国民所得の生産額の増加ではなく,その実現額の増加である。両者を等置することは無理である。たとえ両者がその実質額で一致しても,素材的比例性,すなわち消費財と蓄積のための生産手段との一定の割合の保証がなければ,実現の問題が解決されない。

 他方,ハロッドの方程式における投資と貯蓄の均等条件は,社会的総資本の拡大再生産における実現条件の一部であるが,一部でしかない。社会的総資本の再生産の実現条件が貯蓄,投資の均等条件として局部的に把握されている。投資と貯蓄の不一致の可能性は,ハロッドにあっては,個人の心理にもとめられるものとして,すなわち別個の主体が貯蓄と投資を勝手気儘におこなっているということで説明される。
 ところでドーマー,ハロッドの方程式は,次式に帰着するという。
  成長率=貯蓄率×産出係数,あるいは 貯蓄率/資本係数

この式によれば,成長率は貯蓄率が高いほど,あるいは資本係数が小さいほど,高くなるということを示している。ポーランドのビロンスキーは,この式が次に示すマルクス再生産表式に立脚する成長率のための式との親近性を唱えた。
  成長率=(蓄積率×剰余価値率)/(資本の有機的構成+1)  

この式は成長率が剰余価値率と蓄積率が大きいほど,あるいは資本の有機的構成が低いほど高くなるという関係を示している。森嶋通夫もかつてこの式に着目し,マルクス再生産論はハロッド・ドーマー理論の拡張であると述べた。筆者はこの見解が国民所得の使用価値量を問題にしているハロッド・ドーマー理論を商品資本における価値量の関連を問題にした再生産表式と同一視できない。

 筆者は最後に,国民所得の使用価値量の増大率,したがって成長率を一義的な関数式で表すことは可能かと問題をたてて,成長率を規定する2つの要因,すなわち生きた労働の総量の増大率と労働生産性の増大率のうち,前者は測定可能であるが,後者は一義的に確定できない複雑な要因があるとし,使用価値の異なる多様な商品の総体である国民所得の物量としての増大率=成長率を関数式で表現することはできないと結論づけている。
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