社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

浦田昌計「アッヘンワルの政治算術観」『統計学』第7号, 1958年11月

2016-10-16 21:44:18 | 4-2.統計学史(大陸派)
浦田昌計「アッヘンワルの政治算術観」『統計学』(経済統計研究会)7号, 1958年11月(『初期社会統計思想研究(第5章)』御茶の水書房, 1987年)

 アッヘンワル(1719­72)は, 『神の秩序』で知られるジュースミルヒ(1707-67)と同時代を生きている。ジュースミルヒは大陸における政治算術の継承者で, その政治算術は, 周知のように, イギリスのグラント, ペティ, ハリーによって代表される。従来, 国状学の担い手だったアッヘンワルは, 現代の統計学のもう一つの源流とされる政治算術に対しては冷淡であったとされてきた(ヨーン, マイヤーなど)。しかし, 筆者はこの説に疑問を呈した。「アッヘンワルの政治算術観」と題する本稿は, 彼が政治算術に関心をもっていたことに触れ, その著作で(1)社会現象の数量的把握, (2)ジュースミルヒの人口統計研究, (3)イギリスの「政治算術」がどのように取り扱われたかを検証している。そのことを通して, アッヘンワルの方法論の性格と統計学史上の問題点を考察している。

 結論は次のとおりである(筆者自身の「まとめ」の節による)。
(1)国家の顕著事項を示すことを課題としていたアッヘンワルの統計学は, 特定の社会現象の数量的把握とそのための調査を意識し, 関連して政治算術家の数量的観察や推計に注意を払い, ある程度, 利用した。アッヘンワルが政治算術家の業績に冷淡だったという見解はあたらない。 
(2)アッヘンワルはジュースミルヒの人口変動の統計研究を人口研究への一般的指針を与えるものとして, 高く評価していた。しかし, 彼自身は人口動態現象の一般的規則性を, それ自体として問題としていない。すなわち, 統計学の研究手段として, そこでの統計的分析方法の適用を明確にせず, 人口調査の提案をするにとどまった。
(3)イギリスの政治算術に関しては, 一般的な理由から計算を使ったア・プリオリな証明を行う政策的研究と考えたが(このことはペティの政治算術が単なる実証的研究ではなく, 理論的分析・推理を含んだ合理的な研究方法と評価したことになるが), これを「実験と観察」によるア・ポステリオリな方法と切り離し, 市民社会の真実の状態の認識方法としての, 現実的, 実証的な意義を理解できなかった。

 最後に筆者は次のような評価を与えている。やや長いが引用する。「このようなアッヘンワルの政治算術観から逆に明らかになる彼の『統計学』の方法論的要請は, 結局, あくまで個々の国家の歴史的事実を正確忠実に把握することである。そしてこのことは, 一方では官僚の立場からの実際的要求でもあったが, 他方それと結合して, 政治経済現象の真理の歴史的場所的相対性の思想が背景をなしている。彼によれば第一原理をのぞくあらゆる真理は, それ自体としては真理であっても, 具体的条件のもとではそうであるとは限ら個々の具体的国家は, 種々の制度の合成体であり, 度々のそれ自体としての真理およびそれと国家目的との一般的関係は政治学によって明らかにすべきであるが, 国家の現実の各制度を把握し, 具体的政策をたてるにはそれでは不十分であり, 国家の現実の各制度を, しかも他の諸制度との関連において全体的につかまえなければならない。彼の『統計学』はこの課題にこたえるべきものであった。/この観点においてそれが一国の国家=社会理論にもとづいて国家顕著事項の体系を示したことは, 統計指標体系の先駆というべく, また, 統計が社会経済現象を一定の時と場所のもとで捉えるということが, 社会統計においてつねに念頭におかれるべき基本的範疇であるとすれば, 国状学が歴史的場所的相対性の思想にみちびかれてそれを表面におしていることは現在なお意義をもつことである」(p.94)。
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