社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

金子治平「日本における戸口調査と静態人口調査-国勢調査の前史として-」『近代統計形成過程の研究』法律文化社,1998年3月

2016-10-08 21:59:53 | 11.日本の統計・統計学
金子治平「日本における戸口調査と静態人口調査-国勢調査の前史として-」『近代統計形成過程の研究』法律文化社,1998年3月

筆者によれば英米の国勢調査は,その成立過程と確立過程とに二区分できる。前者は人口数の把握を目的として他計式で実施された時期で,後者は諸側面からの人口の把握を目的に自計式で実施された時期である。日本では1920年に第一回国勢調査が行われ,すでに詳細な職業区分を調査項目に含む自計式で,上記の区分を当てはめるならば確立過程のそれであった。本稿で,筆者は国勢調査に先立って行われていた壬申戸籍,およびその後の戸籍法と寄留手続きを中心とした静態人口の把握を通して統計調査という方法を経ずに人口把握が可能とされた経緯を指摘し,このことが日本で国勢調査の成立が遅れる理由となったこと,および明治末期から大正期にかけて人口把握の方法の矛盾が拡大し,第一回国勢調査の登場を促したことを示す,としている。

 日本の国勢調査の前史として挙げられるのは,一般に杉亨二が実施した「駿河国人別調」「甲斐国人別調」および「戸口調査」(いわゆる壬申戸籍)である。行論との関係では3つ目の,戸籍法に基づいて全国的に実施された「戸口調査」が重要である。この戸口調査は,1871年戸籍法に基づいて1872年に実施されたものである。対象は「臣民一般」とされ近代的な規定を受け,6年ごとに改製されることがうたわれていた。そこでは「家」制度の側面が希薄であり,内務行政をつかさどる内務省管轄下のもとに徴兵,税制,教育,衛生の諸行政の基礎として利用された。当初,戸口調査は定期的に実施される人口調査と意図され(上記のように6年ごと),いわば成立期の国勢調査といった性格を有していた。

 1873年,1871年戸籍法から6年ごとの定期調査事項が除外されると,戸籍が人口移動による各戸の事情を十分に把握できなくなってくる。そこで定期的調査を実施することなく,人口数を確認できることを可能にする戸籍・寄留制度の整備が行われた。

背景にこの時期の都市産業の発展による農村から都市への人口移動の増大とともに,戸籍上の「戸」と現実の世帯が対応しなくなる事態が増えるにいたった。このために必要とされたのが,寄留手続きの整備である。1886年の「出生死去出入寄留者届方」(内務省令第19号),「戸籍取扱手続」(内務省令第22号),「戸籍登記書式」(内務訓令第20号),1896年の「寄留届,寄留者復帰届取扱方」(内務訓令第4号),「寄留届,寄留者復帰届取扱方」(拓殖省令第11号),「明治19年省令第19号第22号中改正追加」(内務省令第11号)などである。

1898年には,「戸籍法」が制定された(戸籍の他に身分登録簿が設置され,身分公証としての戸籍が確立)。戸籍法の制定は,従来,市町村長によって管掌されてきた戸籍が法的に司法省の管轄する戸籍役場-戸籍吏によって管掌されることとなり,戸籍を人口統計作成に利用できるのか,また司法省が人口統計作成の主体になりうるのか,という問題が発生した。前者に関しては,それが可とされ,また後者に関しては,内閣府統計課に人口統計を作成するよう法制度が変えられた。しかし,人口統計が内閣府統計課によって作成されることとなったものの,従来のように戸籍簿・除籍簿が廃止されたので,人口統計作成法は大きな変更を余儀なくされた。大きな変更は人口動態統計調査に認められたが,人口静態調査でもその作成過程に変更が加えられた。
変更点は,次の4点である。①静態人口統計が市町村単位で作成されることとなった。②毎年実施されていた人口静態調査が5年ごととなった。③本籍人口の年齢表に有配偶・無配偶の別が加えられた。④各表を作成するに際し,利用すべき簿冊が明記された。これによっても現住戸数は戸籍簿や寄留簿から推計できなかったので,それらについては市町村長に調査方法が委ねられた。

1898年戸籍法に基づく静態人口調査は,5年ごとに『帝国静態人口調査』として公刊された。しかし,戸籍・寄留届によるその現住人口の推計は,その正確性においてきわめて不十分であった。その原因は,次の事情による。現住人口の推定は,本籍人口を基礎とし,入出寄留人口を加除してもとめられた。しかし,1871年戸籍法がもっていた現実主義は1898年戸籍法によって弱められ,戸主を含めた寄留も可能となり,戸籍法は次第に観念的な性格をもつにいたる。戸籍法のこの両義性は初めのうちは,さほどの矛盾としてあらわれなかったが,明治後期以降,都市化の進展ととともにその矛盾が露呈するようになる。すなわち知るべき現住人口と法制上から推計されるそれとが乖離する。当時は寄留届提出がそれほど厳格でなかったこともあり,この可能性は現実性に容易に転化した。明治末期から,大正初期にかけ,入寄留の出寄留に対する超過が増大する傾向にあったのは,この矛盾の反映である。

 さらに,この時期には社会問題も激化し,社会学や社会政策学の分野,ひいては人口統計の分野でも,単に人口数が把握できればよいというだけでなく,人口の社会構成をつかむ必要性が高まってきていた。このことの延長で,1908年の静態人口調査で,内閣府統計局は警察機関に対し,男女別年齢別現住人口の調査を依頼した。この要請を受けて行われた男女別年齢人口の調査の結果,初めて地方人口年齢別の死亡率が推計された。

 以上のような事情を背景に,第一回国勢調査は1920年に実施された。この調査は,当初から人口の社会的諸側面を調査する項目を含んでいた。
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