社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

木村和範「イギリスにおける任意抽出標本理論の形成-A.L.ボーレーの1912年レディング調査を中心に-」長屋政勝・金子治平・上藤一郎編『統計と統計理論の社会形成』北海道大学図書刊行会, 1999年。

2016-10-17 20:20:44 | 4-3.統計学史(英米派)
木村和範「イギリスにおける任意抽出標本理論の形成-A.L.ボーレーの1912年レディング調査を中心に-」長屋政勝・金子治平・上藤一郎編『統計と統計理論の社会形成』北海道大学図書刊行会, 1999年。(後に『標本調査法の生成と展開』[北海道大学図書刊行会,2001年]の4章「ボーレーの市労働者調査」)

任意抽出標本理論の理論と実践で先駆的業績をあげたA.L.ボーレーを紹介した論文。ボーレー(1869-1957)は, 統計学の広い分野で研究業績を残した統計学者として知られる。そのボーレーは, 1912年に, イギリスのレディング市で労働者の貧困調査を実施した。この調査は, 今日, 一般的に実施されている任意抽出調査の嚆矢となる調査であった。

 19-20世紀の変わり目の時期, 資本主義の発展はイギリスで, 深刻な労働者の貧困問題を生み出していたが, その事実に危機感をもった研究者は貧困の実態調査に取り組みはじめた。筆者は, ボーレー調査の意義を浮き彫りにするために, それらのなかからブース, ローントリーの調査を紹介している。それによると, ブースは1887年にロンドン・バラのタワー・ハムレッツ地域で最初の貧困調査を行った。この調査によって, ブースはこの地域に30%に及ぶ貧民が存在していること, この貧困が社会組織の欠陥によることを確信した(ブースは, 社会民主連盟総裁であったハインドマンがロンドンの労働者居住地区を調査し, 25%の労働者が貧困状態にあると述べたことに疑いをもって, 独自調査を実施したようである)。ブースは自身の貧困調査の結果がロンドンに限定されるとの認識をもっていたようであるが, それが地方にも広がっていることを明らかにしたのはローントリーである。ローントリーは1899年に, ヨーク市で貧困調査を実施し(全数調査), その事実を明らかにした。ローントリーは貧困の内容を2区分し(肉体的効率を維持するのに必要な経費の基準を満たす収入がない「第一次貧困」と, 収入の一部が肉体的効率の維持とは別の用途に費消されてこの基準を満たせない「第二次貧困」), 労働者人口の43.4%がこれらの二種類の貧困の状態にあると結論づけた。

 ボーレーの1912年のレディング調査は, 労働者の貧困が全国的に広がっている事態を調査する一環として行われたものであったが, その方法は今日でいうところの任意抽出調査であった。任意抽出調査が採用されたのは, 調査の費用軽減と集計時間の短縮が, その目的にあったからであった。筆者はこの調査がどのようなものであったかを, 調査対象の抽出(名簿からの系統抽出), 調査票, 調査項目, 調査結果を示し, 詳しく説明している。ボーレー自身はこの調査の意義として, 第一に一地方地域(レディング)の調査研究とローントリーのそれとを比較対照することができるようになったこと, 第二に全国的規模で調査対象都市を拡大していく可能性を切り開いたことをあげている。実際にボーレーはその後, バーネットーハーストと協力して, レディング調査の方法をそのまま, ノーザンプトン, ウォリントン, スタンレーなどに拡大し, 調査領域を広げていった。また, ボーレーの調査方法は, 他の研究者によっても意義をみとめられ, 注目されるようになり, その後の社会調査の「パイロット・サーベイ」として位置づけられた。

 ボーレーによる任意抽出調査の実践には, 理論的背景がある。筆者はそれを1906年の「イギリス科学振興協会経済科学・統計部会」の部会長就任記念講演から読み取っている。ボーレーの主張は, 次のようにまとめられている。経済学と結びついた統計科学は厳密科学である。この統計学には, 「算術的統計学(データを蓄積する科学)」と「数理統計学(データを解析する科学)」がある。両者は相互補完的である。しかし, 統計をめぐる現状は改善されず, 不十分である。そうなっているのは, 統計が必然的に近似的であること, 統計学では可能な誤差の限界を推定しなければならないこと, いわゆる数学的な正確さという誤った見せかけが棄てられるべきであることについて, 認識の不足があるからである。この状況を打破するには数理統計学の知識をもった統計担当官が必要である。さらに, この延長で, 任意抽出標本理論の可能性と有効性を主張した。

 任意抽出標本理論には, ボーレーによれば, 2つの方法があり, 一つは観測値からその度数分布曲線を確定するK.ピアソンの方法であり, もう一つは一般化された大数法則を援用するエッジワースの方法である。ボーレー自身が採用したのは後者であった。
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