社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

吉田忠「経済計画と計量経済モデル」『経済論叢』第115巻4・5号,1975年

2016-10-18 14:17:16 | 12-2.社会科学方法論(計量経済学)
吉田忠「経済計画と計量経済モデル」『経済論叢』第115巻4・5号,1975年,『数理統計の方法-批判的検討』農林統計協会, 1981年

 筆者が本論文で意図したこと, また本論文の位置づけは, 自身による「結び」に明瞭である。それによると, 筆者の念頭にあったのは, 計量経済学(計量経済モデル)批判である。その批判の方法には, いろいろな視点が過去にあったが, そのなかに見られた見解として、計量経済学的方法の「非科学性」「欺瞞性」を批判しただけでは本質的な批判にはならない, 問題の本質は計量経済学的方法が何故に現代資本主義の基本的政策体系である「経済計画」に利用されていることをみなければならないというものがあった。この問題提起に対し, 筆者は次の回答を用意した。すなわち, 計量経済学的方法が経済計画に利用される理由は, それが客観的科学的予測を標榜しているので, 為政者や財界人がそのことを逆手にとって, 宣伝効果としてそれに期待をかけているのであり, それ以上の利用価値は認められていないということであった。

 上記の見解を契機に筆者はいくつかの疑問点を自覚し, 本論文はそれらの考察の結果である。いくつかの疑問とはまず, 上述の経済計画観では, 国家や独占資本の利潤追求, 資本蓄積のための長期的体系的条件づくりという, 経済計画の本質を見失うことにはならないこと, このような経済計画の本質的役割に果たす計量経済学的方法の機能が軽視されないだろうかということ, 経済計画作成における計量経済モデルとその他の統計方法との関連がみえてこないこと, 計量経済学的方法が方法論的に欠陥の多いものであれば, 経済計画との矛盾が拡大されてくるはずであるが, そのプロセスの究明が不十分であること, である。(p.220)

 筆者は本論文で, 経済計画の作成方法とその内容としての政策体系との関連を歴史的に追跡, 分析し, 日本の経済計画が経済自立5か年計画のコルム方式以降, 経済計画の作成方法と国民所得勘定との連携を意識的にはかり, 所得倍増計画を経て中期経済計画の中期マクロモデルに至って両者の結びつきは成熟したこと, しかしそこには計画の形式性の確保(国民所得勘定を基礎とする計画作成)と計画内容である経済政策とのズレも萌芽的にあらわれていて, その後の計画策定ではこのほころび, すなわち計画の形式と内容とのずれが拡大していったこと, 1973年の経済社会基本計画にいたってはその破綻が明確になったことを明らかにしている。

 具体的には, 「第2節 高度成長開始期の経済計画」(1.経済自立5か年計画と新長期経済計画), 2.国民所得倍増計画), 「第3節 中期マクロモデル」(1.中期マクロモデルの構造, 2.中期マクロモデルの改訂), 「第4節 経済計画と中期マクロモデル」(1.中期経済計画, 2.経済社会発展計画, 3.新経済社会発展計画, 4.経済社会基本計画)の各章・各節で, 上記の諸課題が, 解明される。要約すると, 1955年に策定された経済自立5か年計画は国民所得統計との結び付けを意識して作成された最初の計画だったこと, GNPが経済計画の中心に据えられた中期経済計画で両者が完全に結合されたこと, 国民所得倍増計画では全体の構成が大がかりとなり, 循環の諸局面のバランス調整も「精緻化」されたが, 計画の実質的内容となるはずの政策課題が計画の枠組みと関係なく外在的に与えられ, 結果的に計画作成方法の内容と形式が矛盾をきたすことになってしまった。次いで, 政策当局によって計量経済モデルに全面的に依拠した計画との自画自賛をもって中期経済計画が登場した。このモデルは, 支出・調整・分配の三ブロックに区分され, それぞれのブロックごとに内生変数の相互依存関係が完結する。しかし, そのモデルは国民所得勘定と表裏一体の関係のものであったがゆえに, 後者が有していた理論的欠陥はただちにモデルの欠陥となって表出することになった。実質循環の欠如, 物価関係の指標が需給関係項目との関係でのみ説明されていること, 国民生活の実態が支出国民所得に限局されていること, 国民総生産の増減を基軸にした単純な高度成長推進策におちいっていること, などがそれである。

 中期マクロモデルは, その後, 新中期マクロモデル(経済社会発展計画), 改訂マクロモデル(新経済社会発展計画), 中期マクロモデル-1973(新経済社会発展計画)に継承されるが, マイナーチェンジにとどまった。モデルの部分的改訂の試みは, 上記に指摘された, 計画の形跡的枠組みと内容(政策課題)との関係をますます乖離させ, 矛盾を露呈し, 結果的に計画全体に破綻をきたしていく。新経済社会発展計画では, 直前にその破綻が決定的になった中期マクロモデルに代わってコスモ・モデル(総合システムモデル)が導入された。このモデルは, 14部門からなる産業別需給調整メカニズムを内容とした動学的他部門モデルである。その中身は, 「中期経済計画以降の経済計画の変質に対してまったく無力化した一連の中期マクロモデルをたなあげし, 事態の変化を後追いしたモデルであった。ところがこのモデルが実際に稼働されるやいなや, 経済社会基本計画・新全総の強行による土地投機を契機として悪性インフレが激化し, つづいて国際的な石油危機を契機とした「狂乱物価」が日本経済を襲った。『長期の計画に有効性を発揮するよう, 将来予想されるいろいろな構造変化にも耐え得るように構築されている』と自認するこのモデルが, 予測能力においてもシミュレーション機能においてもまったく無力化した」(p.219)事実を, 忘れてはなるまい。
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