社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

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大屋祐雪「『ライス・レポート』再論」『経済学研究』第37巻合併号,1972年3月

2016-10-08 21:31:53 | 11.日本の統計・統計学
大屋祐雪「『ライス・レポート』再論」『経済学研究』(九州大学経済学会)第37巻合併号,1972年3月

 戦後日本の統計制度再建に一定の影響力をもったライス・レポートの意義について論じた論稿。

 筆者は日本の統計制度再建論議から統計法成立にいたる比較的短期の過程に認められる仮説的事実を検証している。その仮説とは,(1)戦後の統計制度は大内委員会の構想により再建された。(2)ライス・ドクトリンの再建に大きな機能を果たした。(3)大内委員会とライス・ドクトリンの間に本質的相違はなかった。(4)しかし,現実はそのいずれでもない方向に動いた,というものである。(3)に関しては,大筋ではそのとおりであったが,若干の微妙な相異があったとしている。

 筆者は本稿を,歴史の生き証人の証言から始めている。大内兵衛の統計制度再建に関する回顧録と,森田優三による日本の統計制度がライス・ドクトリンに従って再建されたとの述懐である。当事者の回顧や追憶が大事な資料であることは言うまでもない。しかし,そこには主観的な評価,記憶違いなどが介在しがちである。そのため,この種の全面的に信頼できるものではない。重要なのは客観的な事実としての歴史である。

筆者には行政組織としての統計制度は,一方で資本主義の発展とともに分散化の傾向をもつのが必然であるという見解を根底にもっている。バランスのとれた統計体系の発達を阻む要因がここにある。しかし,他方で分散化がもたらす矛盾を調整し,政策立案や計画に必要なバランスのとれた統計体系を構築する機関としての中央集権的統計機構の存在が問われるのも事実である。中央集権的統計機構と分散型統計機構との桎梏は資本主義のもとでの統計制度の固有の矛盾であり,戦後の日本の統計制度再建過程に見られた一連の論議はその実例に他ならない。

 さて本題のライス・レポートである(ライスは二度,来日)。ライス自身が連合国軍総司令官に提出したレポートは3本ある。行論との関係で重要なのは,最初に書かれたPreliminary Report on Japanese Statisitical Organizatuionである。このレポートに先立って,日本では周知のように,統計委員会の内部で大内兵衛をリーダーとする委員会で『統計制度改善案』が練られていた。したがって考察は2段構えになる。第一段階は,『改善案』とPreliminary Reportの対比である。第二段階は,その結論をふまえ,再建の法的措置というべき統計法の成立事情を追求し,その過程に大内構想とライス・ドクトリンを探し,仮説的事実の(1)(2)ないし(4)を見極めることである。筆者は本稿では前者の検討に考察を限定している。

 ライス・レポートは,そのなかで日本の民衆のなかに統計的な考えかたを習慣として定着させるべきこと,統計家の地位を改善すべきことに触れているが,重要なのは統計制度をいかに組織するかという問題であった。この点は,大内委員会が苦悩した中心的課題であった。ライスの見解は,官庁統計には行政に直接役立つものと,社会全般の概観を示し政府と民衆の一般的目的に役立つものがあり,前者は実務官庁固有の業務であり,後者はセンサス・ビューローのような機関の責任である。このセンサス・ビューローは,直属の実地調査網がその一環として構想されている。これに対し大内委員会の『改善案』では,センサス・ビューローは考えられていない。当然,実地調査網は,地方統計制度を前提とされている。ライスの構想と『改善案』の意図との間には,このような微妙な相異がある。これらの点に関連して,ライスが日本の地方統計制度をどのように考えていたかについては,レポートではわからない(書かれていない)。ライスが『改善案』に賛同したのは,「大内委員会が統計の分散化について,中央調整が必要であることを認め,その機関として行政権限をもつ委員会を構想し,統計委員会の設置を考えた点までであって,その内容をなす中央統制機構の基本機能と権限については・・・無視できない見識の差が見出される」(p.76)。

 もう一点,レポートにはサンプリングの推奨が指摘されている。日本が堅実な科学的なサンプリングの組織を発展させていくことが望ましいとの方向づけである。筆者は述べている,「中央統計局に直属の実地調査網は,・・・サンプリングの理論によって組織されることが前提であったろう。だからこそ,統計の『中央計画』にかんする機能を統計行政の中に位置づけることも,一般目的の非行政的統計をセンサス・ビューローたる中央計画局に集中するということも,分散的統計機構のなかで構想することができたわけである。それは高度に発達した資本主義国の統計行政にふさわしい統計機構論として,あらためて考えてよい問題と思う」と(p.76)。 
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