社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

伊藤陽一「A.ワルトの統計的決定理論」高崎禎夫・長屋政勝編『統計的方法の生成と展開(経済学と数理統計学Ⅰ)』産業統計研究社, 1982年3月

2016-10-17 20:03:43 | 4-3.統計学史(英米派)
伊藤陽一「A.ワルトの統計的決定理論」高崎禎夫・長屋政勝編『統計的方法の生成と展開(経済学と数理統計学Ⅰ)』産業統計研究社, 1982年3月

 本論文の内容は, A.ワルト(1902-1950)の統計的決定理論の検討である。ワルトの統計理論研究は広範囲にわたっていたようであるが, 筆者は論述をワルトの統計的決定理論の社会研究への応用可能性の吟味に照準をあわせ, その理論的枠組みと基本概念の検討に重きをおくとしている。

 「1節(統計的決定理論-例解による予備的把握-)」で統計的決定理論の予備的考察がなされ, 「2節(統計的決定理論-ワルトにそくして-)」でそれをワルトにそくして内容紹介し, 「3節(ゲームの理論との類似性)」「4節(理論の形式的拡張と変質)」「5節(ベイジアン統計学派との対比)」でその特徴点を明らかにするという構成である。
例解では, チャーノフ=モーゼスの例示を借用して, 天候の見通しと, それに対する選択的行動のクロス表から, 期待損失を計算し, その結果にもとづく戦略的行動の選択基準として, ミニマックス基準, ベイズ基準が示される。

 筆者の手際のよい紹介によると, ワルトは, 統計的決定理論を1939年の時点で定式化し, 単一の試行による非確率的決定関数が, 危険関数, ミニマックス解, ベイズ解とともにとりあげられた。さらに, 1945年, ゲームの理論との関係で, 多段階思考すなわち逐次分析の方法の導入によって一般的定式化が与えられた(p.199)。以上は2節の冒頭からの引用であるが, この節はこの要約から踏み込んで, ワルトの定式の解説がなされている。

 さて, 以上のようなワルトの統計的決定理論はどのように評価すべきなのだろうか。筆者はまず, ゲームの理論との親近性を強調している。ゲームの理論とは, 1920年代の後半に, J.v.ノイマン, E.ボレルによって理論の基本が与えられたが, 内容的には競争をモデル化し, 行為基準としてのミニマックス原理によって最適行動の存在とその解決法をもとめる理論である。筆者はこのゲームの理論を仔細に解説し, その意義として一般的に承認されているのが極大化行動の原理をベースに調和的均衡を予定した限界効学派と異なる方向を斬新的な概念と手法を対置して示したことなどを一応, 確認しながらも, 現実分析にはあまりにも単純で, 形式的であり, 無力であったとしている。ワルトの統計的決定理論は, そのゲームの理論に酷似しているかぎり(ワルト自身がゲームの理論に関心をよせ, その類似点を整理している), 同じ弊を脱却できていないのはいうまでもない。

最後の節では, ワルトの統計的決定理論が, ネイマン=ピアソン理論を一般化し, 拡張したこと(帰納的行動の概念の寄与), 判定の問題を現実界の客観的数値によるのではなく, 行為の選択に関するものに転換したこと, ベイズ理論を再評価し, 復活させたこと(ベイズの定理はワルトが登場するまで長く統計の分野から放逐されていた), に着目しそれぞれの含意を解説している。

 筆者は「むすび」で, 数理統計学の展開過程におけるワルト理論の位置づけを, 以下の3点に示している。第一は, 統計理論の枠組みを自然状態の把握から行為選択をも包括した一連の手続きとして拡大したこと, 第二に統計学を客観的数量の確認ないし推論の学から, 未知のあるいは確率的な客観の状況下の行動選択の理論へ変質させたこと, 第三は客観の軽視と結論の恣意性への傾斜によって, 数理的な面での理論の拡張と実質的な内容の脆弱化を助長させた, ことである(ワルト自身は確率解釈で頻度説にたつことによって理論の個人主義的, 主観的傾斜を避ける努力をしていたのだが)。
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