社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

中村隆英「統計学の展開­『統計』と『統計学』」有澤広巳編『統計学の対象と方法-ソヴェト統計学論争の紹介と検討-』日本評論新社, 1956年

2016-10-16 21:24:18 | 4-1.統計学史(総説)
中村隆英「統計学の展開­『統計』と『統計学』」有澤広巳編『統計学の対象と方法-ソヴェト統計学論争の紹介と検討-』日本評論新社, 1956年

 本書の全体は1950年代に展開されたソヴェト統計学論争の紹介と検討のために書かれたものだが, 本稿で筆者はその紹介と検討に先立って, 内容の理解を容易にするために統計学がヨーロッパと日本で, これまでにどのような軌跡をたどってきたかをサーヴェイしている。まず, 統計学の源流として, コンリング, アッヘンワルによって始められたドイツの国状学の存在を指摘している。この学問は, 国家の現状を知るために必要な重要事項に関する, 純記述的な知識の集大成である。初期の統計学のこのような内容は, この学問が「官房学」としての性格が強かったことの反映であった。この系譜は,ドイツではマイヤーなどの社会統計学派によって, 国状の記述としての役割を学問の目的から切り離し, 後者をより広く社会全体の特性の研究へと発展させた。

 しかし, このような内容の統計学を飽き足らないとする考え方もあった。同じドイツではクニースがその人であり, さかのぼってはイギリスのグラントやペティが有名であり, 彼らは客観的法則性(規則性)の解明に, この学問の価値を見出していた。グラント, ペティは数量的な観察のなかから客観的な規則性を発見することの意義を唱え, 実践したが, これは約100年を経てジュースミルヒに継承され, その後ケトレーによって, いわゆる大数法則を基幹にすえた統計学として確立された。科学の使命を現象の記述と予測にあるとし, どの科学分野にも通用する統計的方法を数学的に磨き上げる数理統計学は, この系譜上にある。その基礎とされたのは, フランスの古典確率論であった(パスカル, ベルヌーイ, ド・モアヴル, ポアソン)。この学問の代表者はボーレーであり, 生物学へのこの方法の適用に関心をよせたゴールトン, ピアソンであり, その延長線上にあるゴセット, R.A.フィッシャーであった。

 筆者は以上のような整理の後に, 統計学には社会科学として社会現象の分析を志向するドイツ社会統計学の立場と, 社会現象の分析という志向をもたない普遍科学としての数理統計学の立場とがあり, 後者の内容は統計学にとっては有用であるが, 科学としての統計学とは別個のものである, とまとめている。しかし, 付言して, 両者には共通項もあり, それは大数法則の役割を認め, また統計が歴史的社会的産物であるとの認識が弱かったことである, と述べている。

 筆者は次いで, 日本の明治以降の統計学の歩みをたどっている。わが国に移植された統計学はまず, ドイツ国状学であり, 社会統計学派の統計学であった。杉亭二の役割が大きかったが, 初期には主としてドイツの統計学理論の紹介と各種統計の作成そのものにかぎられていた。日本の統計学の大きな礎となったのは, 蜷川統計学である。蜷川虎三は統計学を明確な社会科学的認識のもとに構成しようとし, 「統計利用者」の科学でなければならないとのコンセプトにたっていた。このコンセプトによって, 統計の対象となる集団を「存在たる集団」と「意識的に構成された集団」とに区別し, 前者をとくに大量と呼び, 一般に統計と言われるものはこの大量を語る数字であると規定した。これに対し, 特定の集団性の強度を求めるために, 個別的存在をその因子として意識的に構成したものが「解析的集団」である。

 筆者は日本の統計学へのもう一つの寄与を有澤広巳の統計学にみている。有澤は社会現象における必然性の分析には抽象的方法と統計方法とがあり, このうち統計方法とは, 偶然的事象のなかに合法則性を発見する一つの研究方法であるとした。因果関係の発現する一形式としての偶然性に着目したのである。この考え方は, 統計方法を偶然性のなかかから必然性をとりだすための方法であり, いわば大数法を弁証法的に基礎づけようとしたものであると, 筆者はまとめている。
 筆者はさらに戦後, 北川敏男や増山元三郎によって推進された推計学理論の展開, 普及に触れている。この流れは, 数理統計学の系譜にあるが, 推計学差自身は過去の統計学のより高次の発展と位置づけた。推計学理論に対しては, 大橋隆憲の原則的批判があり, 論争になったことへの言及がある。また坂本平八, 畑村又好, 津村善郎はこれらの批判を部分的に取り入れ, 標本調査法を擁護, 推進する立場から推計学の発展を展望した。

 筆者は, 上記のように, 統計学の歴史をたどりつつ, 最後に(1956年の時点の話だが)社会のあらゆる分野で統計への関心がたかまっているが, 統計そのものに関する検討が不足していて, 分析結果に往々にして誤りがある, どんな統計をどのように使えばよいかという課題の解決がまだ不十分なので, 引き続きその課題を背負っていかなければならない, 本書のソ連統計学論争の紹介と検討もその一環であると, 総括している。
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