社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

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2016-10-08 21:24:19 | 11.日本の統計・統計学
大橋隆憲『日本の統計学(市民教室)』法律文化社,1965年

 日本で統計学が成立した頃から戦後に至るまでに斯界の中軸として多大な貢献をなし,偉大な業績を残した研究者の群像を綴った書籍。時代背景として,維新後の明治中期から天皇制ファシズムと軍国主義の時代を経て,戦後の混乱を念頭におき,9人の社会統計学者の人と学問を,列伝風に清廉な筆致で描いている。

9人の紹介の前に,「日本の統計学の発展と系譜」に関するコンパクトな要約がある。また紹介のあとに,「日本の社会統計学の課題」として,数理統計学(計量経済学)批判が掲げられている。本書が発刊された当時は,計量モデルによる中期経済学が鳴り物入りで登場してきた時期であったので,そのことを思い起こして読むと,筆者の主張をリアルに理解できる。

 「日本の統計学の発展と系譜」では,社会統計学の発展は5期に区分されている。第一期は日本に統計学が移入された時期で,代表的統計学者は杉亨二,呉文聰である。第二期は産業資本主義の確立に対応して,社会政策学派に属する統計研究家が登場し,統計学が日本に根づいた時期である。高野岩三郎,財部静治によって代表される。第三期は金融資本の確立期で,マルクス主義の影響下に統計理論が発展をとげた。有沢広巳,蜷川虎三,高橋正雄(1901-95),小倉金之助の名前が並んでいる。第四期は帝国主義の戦時体制のもとでみるべき成果はなく,戦後の数理統計学の隆盛が準備された時期である。しかし,統計調査史上,近藤康男による農林統計調査の大改正は外せない。第五期は敗戦後の日本での独占資本の再編復活に対応し,御用学者となった統計学者と批判統計学を唱道した統計学者との対抗が特徴的な時代である。

 日本の統計学の以上の発展区分を踏まえて,9人の統計学者が年代順に紹介される。内容としていくつかの特徴的がある。一つは,時代背景との関わりでそれぞれの研究者の仕事が論じられていることで,社会統計学が実践と大きなかかわりをもった学問であることがよくわかる。二つ目の特徴として,これらの先人の思想と行動には(行政にとりこまれ,為政者の側にたって仕事をした研究者でも)多かれ少なかれ,時代の趨勢に批判的姿勢をとった形跡を有し,高邁な理想をもった人物として魅力的に描かれていることである。略歴も適切に織り込まれている。
 引きつける文体なので実際に読んでもらうのがよく,ここでそれぞれの要約は不要と思う。紹介されているのは,主要な業績を付して示すと,以下のとおりである。

杉亨二(1892-1917)   『甲斐国現在人別調』(1882)
呉文聰(1851-1918)   『統計詳説 上 一名社会観察法』(1887) 
財部静治(1881-1940)  『ケトレーノ研究』『社会統計論綱』(1911)
高野岩三郎(1871-1949) 『統計学研究』(1915),『社会統計学史研究』(1925),
『統計学古典選集』監修(1940-49)
小倉金之助(1885-1962) 『階級社会の算術』(1928),『階級社会の数学』(1930)
『統計的研究法』(1924) 
大内兵衛(1888-1980)  『経済学五十年』(1959年)  
有沢広巳(1896-1988) 『統計学総論』『統計学要論(上)』(1946)
近藤康男(1899-2005) 『農業経済論』(1932),『日本農業経済論』(1943)
蜷川虎三(1897-1981) 『統計学研究1』(1931),『統計利用における基本問題』(1932),『統計学概論』(1934)

統計学の理論では有沢理論,蜷川理論が要領よくまとめられ,わかりやすい。高野,大内,有沢はいまでこそ著名な統計学者としてその名がのこっているが,それぞれ大学を追われ,官憲によって逮捕され留置されるなどの目にあいながら,不屈の精神で統計分野で大きな業績を残した。閉塞した時代状況のなかで,言い知れぬ苦労があったことがよくわかる。また杉,近藤などの個所を読むと,統計実践や統計行政がどれほど難しい仕事であったか,それを乗りこえ理論と実践を前進させた偉業が印象的であった。

 最後に,社会統計学の課題が示されている。この当時,数理形式主義批判がいかに大事であったかが,わかる。内容は計量経済学批判,「中期経済計画」批判である。しかし,批判だけでは,統計学の発展はない。筆者は数理形式主義の横行を批判することは社会の発展にとって有益であるが,それは社会進歩の歯車を逆転させようとする反動理論を阻止しなければならないからである。当然,批判だけでは歴史の歯車それ自体を前進させることはできない。批判のための統計学は現状分析のための統計学へ進まなければならない,と述べている(p.269)。また,こうも述べている,「統計方法はより広い実証方法の一部分にすぎない。もし,この限局性を忘れて,統計方法自体の狭い領域に閉じこもって自足的体系を完結せんとするならば,集団現象⇒大数法則⇒統計的法則というような,現実と理論のいずれからも絶縁された袋小路へ迷い込んでしまうだろう。このようなひとりよがりに落ち入ることを防ぐためには,常に,統計方法を,理論と現実,それを媒介する実証方法,の一部分としてとらえることである。しかも,それを諸科学の協同研究体制をつくりあげる方向の中で見るべきであろう。統計方法の役割を過大視することは,それを無視することと同じく,危険であり有害である。まず統計方法および実証方法の領域をはっきり意識することが共同研究体制へ加わる第一歩である。・・・・最後に,数理的方法や統計方法を,その前提する諸規定の限界内で使用し,限界外の使用までも科学的であるかのような肥大症的誇大宣伝をつつしむことを提案し,本書の結びとする」と。(pp.269-70)
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