社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

永井博『経済体制と指数・指数算式―エリ・エス・カジネッツの指数理論と現在―』梓出版社, 2006年

2016-10-16 20:36:09 | 9.物価指数論
永井博『経済体制と指数・指数算式―エリ・エス・カジネッツの指数理論と現在―』梓出版社, 2006年

本書で筆者はカジネッツの『指数論』(Л.С.Кадинец,Теория Индексов,Москва)に依拠し, 指数の理論的, 方法論的諸問題を紹介, 検討している。 

第1章「 指数概念」ではカジネッツの指数論に拠りながら, ソ連統計の2つの指数概念, すなわち総合概念と分析概念とを紹介し, 指数論の問題点が確認されている。「総合概念」は指数を経済現象水準の比較的特徴づけ(水準の指標)として解釈することの帰結であり, 「分析概念」は指数を因子(要因)の影響の(要因の指標)として解釈することに由来する。

 カジネッツは「総合指数」を支持する立場にたつが, 2つの指数概念の肯定的側面の利用を否定していない。むしろ, 指数論にとって重要なことは, 曖昧な指数論の命題を明確にするために, ウェイトと指標単位の通約性の問題を検討することである, との問題提起がなされている。

第2章「指数の総合性と通約性」では前章の問題提起を継承して「経済水準の比較」の論点と, 関連する総合指数と質的指標および量的指標の通約性が検討されている。この検討はカジネッツによる「指数論の批判的吟味」に依拠して行われている。なぜなら, カジネッツの理論は, 種々の指数算式のもつ経済的意味を解明しているという点で, 指数算式の作成, 利用, それらに関する諸問題の方法論的検討に, 客観的基準を示しているからである。
 筆者は論点をここに定め, 総合指数と質的指標および量的指標との通約性の検討を行っている。質的指標と関連づける場合では, 「単位」が経済的に意味をもつように, また「ウェイト」が具体的な経済的課題に依拠するように選択することの必要性が指摘されている。 指数の平均的形式が問題になるさい, 算術平均形式と調和平均指数形式の意義と制約があるとの言及がある。量的指標と関連づけられた指数の作成は本来, 経済的に基礎づけをもった換算単位方式によらなければならないが, それは実際には困難なので条件づきのものと理解しなければならないと結んでいる。

第3章「指数の相対的不一致と絶対的不一致」ではカジネッツの指数論のなかでも核となる諸指数間の不一致の数理的検討が紹介されている。諸指数間の不一致は, カジネッツによれば, ①異なったウェイトで加重された場合の不一致, ②可変的構成指数と不変的構成指数の間の不一致, ③直接的形式と変化した形式とにおける不変的不一致の3つの場合がある。
 「異なったウェイトで加重された場合の不一致」は, 2つの指数間の差異で表現される絶対的不一致と2つの指数間の比で表現される相対的不一致とに分けて検討されている。 カジネッツは, 後者に重きをおき, 「可変的構成指数と不変的構成指数の間の不一致」「直接的形式と変化した形式とにおける不変的不一致」に関する叙述では, 相対的不一致に限定した計算が与えられている。不一致についてのこれらの数理的特徴の分析は興味深い。
ここでは上記の3つの場合の不一致の大きさの統計数理的分析(不一致の大きさを相関係数, 変動係数などの統計量を用いて分解)が与えられるとともに, 小売物価指数, 労働生産性指数などの具体的分析事例にそった解説がなされている。指数論として深く考えられた示唆的な分析である。

第4章「連鎖指数」では, 連鎖指数の性格, 内容が, カジネッツの立論を中心に検討されている。連鎖指数とは, 直前の時点を基準時点とした各時点の指数である連関指数を連乗した比較時点の指数である。
 筆者の紹介によれば, カジネッツは指数体系を(a)不変的ウェイトをもった規準指数, (b)可変的ウェイトをもった規準指数, (c) 不変的ウェイトをもった連鎖指数, (d)可変的ウェイトをもった連鎖指数, で4分類し, それぞれ質的指標, 量的指標のそれぞれで望ましい指数を提起している。次いで, ウェイトの取り方と不可分な比較性と単位範囲の問題, 連鎖指数と規準指数との関係, 直接的方法によって計算された連鎖指数と間接的方法によって計算された連鎖指数の不一致性の問題を理論的に分析している。

 第5章「指数算式とウェイト」では, 指数作成には指数算式の選択が要件になることを確認したのちに, 指数のもつ意味はウェイトの内容に規定されるという観点から, 種々の指数算式(ラスパイレス式, パーシェ式, 加重相対法式, 加重幾何平均式, ウォルシュ式, エッジワース式, フィッシャー式)が検討され, 「最も簡単に計算ができ, スピードのあるラスパイレス式か加重相対法式が選ばれ, 実際使用されている場合が最も多」く(p.86), 「指数算式の具体的な使用は, 指数算式の形式的な良し悪しよりも, 現実的経済活動に即して時間的, 経済的な面で合理的な算式へと移ってきている」(p.88)と結論づけている。

第6章「指数算式とテスト理論」ではフィッシャーのテスト理論が検討されている。フィッシャーは種々の指数算式をテストにかけ, これらのうち時点転逆テストと要素転逆テストに合格した指数算式を理想算式と呼んだ。また, ジニは循環テストを指数作成の手段とした。カジネッツはこれらのテスト理論を「指数作成の経済問題を, 予めきめられた規準を満たす指数構成の数学的問題にすり換えるもの」(p.98)(例えば時点転逆テストが要求しているものは「時点転換による指数の積が1になる」こと)であって指数の意義を数理形式的枠組みで判断する弊に陥っているという点で, また指数の通約性(単位変更)テスト(指数の大きさが測定単位の変更に関連して変化してはならないことを判断基準とするテスト)については測定単位の変更の問題に関する誤った認識, すなわち価格変化の程度が具体的な商品総合化に依存しないという誤解があるので容認しなかった, とのことである。

第7章「地域指数論」は経済量を空間的に対比する静態指標である地域指数について論じている。地域指数作成で問題となるのは, 直接的方法(同種の経済量の2つ以上の空間対比で相対関係を示す方法)と間接的方法(全体における諸部分の比重で経済量の関係を示す方法)でのいずれを採用するかである。カジネッツからの引用であるが, 「地域指数の基本的方法であるのは直接的方法であり, 間接的方法はそれらの計算の近似的方法としてのみ利用され, 直接的方法の利用が不可能な場合に適用される」(p.114)。また, 直接的方法は質的指標に適し, 間接的方法は量的指標に相応しいともいえる。直接的方法は, その経済的意味が比較的明確である。これに対し, 間接的方法は, その経済的意味は曖昧である, とのことである。

第二部は第8章「指数算式と経済体制」「第9章 中国の物価指数算式とウェイト」「第10章 ロシアの市場経済移行後の指数作成」で一つのまとまった主張になっている。そこでこれら3章を一括して要約を試みたい。これらの3つの章では, 指数算式と経済体制との関連が究明されている。資本主義諸国の消費者物価指数の計算には, ほとんどラスパイレス方式が採用されている。その理由は指数計算には品目ごとの価格とウェイトとしての購入量に関する基準時ないし比較時のデータが必要であるが, 比較時の購入量のデータについてはそれを迅速に入手することは難しいからである。したがって比較時の購入量データは, 基準時のそれに依拠せざるをえず, ラスパイレス方式の採用が便宜的な理由から必然化される。これに対し, 旧ソ連を筆頭とする社会主義諸国では, かつて指数計算はパーシェ式による国が多かった。すなわち, 「主な社会主義諸国では, 数量指数を求める算式には基準時点の不変価格を用いたラスパイレス算式が使用され, 物価指数を求める算式には比較時点の販売数量を用いたパーシェ式が使用されている。・・・・パーシェ物価指数算式とラスパイレス数量算式との積が, 基準時点と比較時点の間の価格総額(販売総額)の対比を表す指数であ」り, 「ここに・・・価格指数(物価指数)ではパーシェ式を使用する所以がある」(p.136)というのが筆者の確認点である。現実にこれを保証する客観的条件もあった。統計作成が統計報告制度に立脚していたので, 比較時の購入量のデータの入手が比較的容易であったからである。社会主義の統計報告制度は, 消費者物価指数の計算をラスパイレス方式でも, パーシェ式でも可能である。しかし, 価格変化の動向を把握するにはパーシェ式のほうが優れている。したがって, 後者の採用が自然である。

 1991年にソ連社会主義体制が崩壊し, この国は市場メカニズムを原理とする資本主義国へと体制変換を遂げた。報告統計制度も瓦解を余儀なくされ, 消費者物価指数の計算はラスパイレス方式でなされるようになった。市場経済への移行とともに, 「労力, 時間, 費用の点から過去の時点のウェイトを基礎とするラスパイレス型指数算式・・・は, 諸制約条件がもっとも少なく, 理に適っている」(P.163)。筆者は現実具体のこの経過から, 指数算式が経済体制によって規定されるという関係に確信をもつにいたった。もっとも, パーシェ型算式, フィッシャー型算式も, パーシェ・チェックと国際比較可能な指数の必要性という観点から, その意義を認められているのだが。

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