社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

世利幹雄「統計学史研究の課題」『統計学』第25号,1972年3月

2016-10-16 21:30:07 | 4-1.統計学史(総説)
世利幹雄「統計学史研究の課題」『統計学』第25号,1972年3月

 本稿は統計学=反映模写論の立場から,統計学史研究の方法論的諸問題を考察することを目的としている。最初に,学史研究がなされる場合,当然,個々の研究者が統計学の理論を前提とするはずであることから,社会統計学の観点から統計学の理解には3つのグループがあるとして,①社会科学方法論説,②実質社会科学説(この中にソ連統計学界の実質科学説的見解と統計学=反映・模写論)の存在を紹介している。これらのうち,社会科学方法論説について,筆者は調査論に関しては調査過程についての技術的知識とその適用にさいして必要な社会科学上の知識であり,利用論に関しては社会経済現象の大きさを示す統計値の結合・組み合わせといった数理技術上の手続き論であり,学的体系を整えたものになりえないと指摘している。

筆者が立脚する立場は,②のうちの統計学=反映模写論であり,それは資本主義経済爛熟期の段階に特有の政府の統計および統計活動の諸特徴を,その技術的組織的側面と歴史的社会的側面との統一現象とみて,社会科学的見地から解明する地点である。この立場から統計学史を反省すると,これを単なる理論史として構成するのではなく,次の諸点を考慮にいれたものでなければならない。①統計学体系における理論と学史との関係および学史研究の構造と課題,②一般通史と特殊問題史との関係,③学史研究方法におけるその歴史的過程の問題,③統計学史の対象範囲ないし学史研究における端緒の問題,④学史研究方法におけるその歴史的基礎過程の問題,⑤学史研究の批判検討の対象とする学説および論者の選択の基準と方法。筆者は本稿で,これらのうちの①にウェイトをおき,それとの関連で他の諸点をも一般的抽象的に論ずるとしている。  

 統計学=反映・模写論の立場では,統計学の諸理論の生成過程は,次のようになると言う。
(1)社会的事象
(2)統計活動(政府機関によって遂行される一連の組織的技術的作業工程)
(3)指導的統計家((2)を計画・実施する指導的統計家) 
(4)統計史(当該主幹官庁の手になる調査規則・手引・要綱による(2)の変年史的記録)
(5)統計諸理論
(6)統計学史   

 広義の統計学史は,(2)についての理論的技術的知識や思想の歴史的展開である。(6)の統計学史と(4)の統計史とは緊密な表裏一体の関係にある。統計学史上の諸学説の歴史的展開の構造は,上記の生成過程における諸要素が絡み合った具体的な関係である。

 統計学上の諸学説の史的展開がおよそ上述のような構造をもつとすれば,その研究課題は以下の3つである。
(1)研究対象となる個々の学説自体を明確にし,その歴史的課題を明らかにすること。
(2)個々の学説の歴史的展開を,そのときどきの経済社会体制に政府の統計活動の技術・組織・制度がどのような適合性を示しながら歴史的に変遷してきたかを,その歴史的基礎過程との連関において把握すること。
(3)学説研究を担う論者自体の社会的歴史的立場および論者が保存する統計理論について十分に吟味,自己反省をすること。

 以上の課題意識のもとに編まれる統計学史は,歴史上の問題意識の変化に応じて,それぞれの特定の時代および社会関係のなかにある個人によって書かれるものであるので,個別的相対的である。それらは時間的にも空間的にも相互に関連し対立して存在する性格のものであり,それぞれの歴史的特性としての意義と限界,あるいは運命をもつ。

 統計学史研究はいかなる時期のどの学説(思想)から始めるべきであろうか。統計学を最広義にとらえるならば統計学史研究の端緒は,国家発生の時期まで遡及できるかもしれないが,そこでの国家の統計活動は存在するとしても不規則的断片的であり,一般的特性を見出し難い。通説では統計学の端緒は,17世紀のドイツの国状論,イギリス政治算術にもとめられることが多い。しかし,統計学=反映・模写論の観点からみるとそれは十分と言えない。社会科学方法論説の観点からは,イギリス政治算術の流れが重視され,ドイツ国状論は副次的補足的にとらえられがちである(統計学=反映・模写論では,ドイツ国状論は統計学=上部構造論としての視点から別様に評価される)。また通説ではケトレーによって国状論と政治算術の2つの流れが統一され,近代統計学が確立されたことになっているが,統計学=反映・模写論ではそのようにはとらえられない。

 統計学=反映・模写論に立脚する筆者は,統計学成立のための歴史的基礎過程を①政府の統計活動が全国的規模で定期的組織的に実施され,行政の不可欠の要素となり,②法律によって被調査者の虚偽の申告・調査拒否に対する罰則規定,調査個票の目的外使用の禁止,定期的な結果の公表など近代統計活動の特徴が確認され,③統計活動の重点が人口統計から経済統計に移ったことなどの歴史的事実にもとめるので,資本主義の爛熟期に特有の体系的な統計学説が本来的意味の学史研究の対象である。具体的には,G.v.マイヤーの統計学説以降のものが学史研究の対象となる。

以上をふまえ統計学説史の研究方法は,いかなるものとなるのであろうか。筆者は関連する経済学史の方法に3つの型があることをそのまま受け入れ,統計学史の方法を考察する。第一は「資料史的方法」で学史研究の史料集成および史料批判を中心としたものである。第二は「理論史的方法」で,統計学史をその論者の唯一完全な理論の自己展開の歴史であるとみなし,過去の諸学説をその基準で裁断し整理するものである。第三は「思想史的方法」で,統計史,思想史,統計理論の三者を有機的に関連させて統計学史研究を行うという方法である。それぞれに長所と短所がある。①は予備的作業としての意義を求めるべきもので,本来の学史研究の検討対象となるのは②と③である。②と③の型は,相互に排除しあうものでなく,総合的に相互に補完しあっているものと,とらえられるべきである(「総合的方法」)。

 社会科学方法論説による統計学史は,多くの場合「理論的方法」によっている。「思想史的方法」「総合的方法」はほとんど登場していない。例外的に松川七郎『ウィリアム・ペティ』は,「総合的方法」によっていると考えてよい。松川の研究は,「経済学と統計学の相互関連に関する歴史的研究」または「資本主義経済における全体的認識と諸現象の数量化の相互関係に関する歴史的研究」の一環として政治算術の生成過程の歴史的分析にあてられたものである。

 筆者は最後に統計学史研究を展開する際のいくつかの留意点を指摘している。それらは,①統計学の研究対象である資本主義爛熟期の政府の統計活動の基本的メルクマールを調査個票の目的外使用の禁止,定期的な結果の公表にもとめたことについての反省,②上部構造である政治現象としての統計活動の反映・模写論ではせいぜいタイプ論的な成果しか得られないのではないかというその学の内容と反映・模写する方法上の客観的基礎についての反省,③下部構造の理論の史的展開を取り扱う経済学史の研究方法と上部構造のそれを対象とする統計学史の研究方法との,対象から規定される方法上の相違点についての自覚,④17世紀以降をその研究範囲とする統計思想史(社会思想史,科学思想史との関連が重要)とその実践的有効性と社会体制への適合性の観点から編まれる統計技術論史(数学史,科学技術史との関連が重要)との関係についての反省,である。   
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