社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

杉森滉一「数学的方法批判の一傾向について」『統計学』(経済統計研究会)第26号,1972年5月

2016-10-18 11:09:40 | 12-1.社会科学方法論(経済学と方法)
杉森滉一「数学的方法批判の一傾向について」『統計学』(経済統計研究会)第26号,1972年5月

経済学の数学化に殊更熱心だったのは,ローザンヌ学派である。本稿は彼らの数理統計学に批判的に立ち向かった同じフランスの経済学者であるA.マルシャル,J.マルシャル,B.ノガロ,F.シミアンの所説をとりあげた論文である。A.マルシャルたちは確かに数理経済学に批判的に対峙したが,数学的方法そのものに関しては寛容な部分もあった。筆者は彼らによる数理経済学批判の内容を肯定的に受け止めつつ,しかし数学的方法に対する曖昧な姿勢の由来を追及している。
マルシャルたちのローザンヌ学派批判の論拠は,経済現象は本来,因果的関係を有しているのに後者の学派に属する論者が関数(相互依存)関係のみを扱っていることである。関数関係のみを対象とすることは,時間の要素が捨象され(同時性),累積的変化を追跡しえず(可逆性),不連続な事象を容認しない(連続性)という対象認識にとどまることを意味する。経済学にとって重要なのは,因果的関係である。

 シミアンは実証主義的立場から,ローザンヌ学派,ジェボンス,マーシャルの経済学を批判的に考察している。批判のポイントはそれらの経済学が演繹的に構成されていること,演繹の帰結を論証なしに論理的正しいとしていることである。シミアンはこうした方法に対して帰納法(実験的方法)の優位性を説き,概括の基本的形式が因果関係にあると主張する。シミアンにあっては,原因は「最も密接した,最も一般的な,最も代替可能性の少ない先行者」と定義される。これを発見する方法が,実験的方法である。

 ノガロも同じようにローザンヌ学派とその同調者を批判する。問題のポイントとなる関数関係と因果性との関係では,関数関係には単に「共変」という事実的所与として受け入れざるを得ないものと,それ以上の合理的(=因果的)解釈を許すものとがある。経済現象では後者が通常である。関数関係にある経済現象は「換位的」であるが「可逆的」でない。そのような関係は,詳しく分析すれば,先後関係の明確な非可逆的な作用方向に,すなわち因果性に還元できる。
ノガロは因果性を「それが存在することによって帰結もまたつねに生ずるような環境の総体」とする。この定義はミルの「不変的無条件的先行者」という原因規定の部分的改作であり,ノガロの場合には原因は無条件的でなく,他の環境もまた一致的である条件の下で作用する規定的な先行者である。ノガロはまた,経済現象における事実の継起の追跡を重視する。彼はこのような意味での現象の連鎖を「歴史的因果性」と呼んだ。さらに,因果性の根拠の説明があり,ある事実から次の事実を引き起こした事実を,その背後にある人間の心理的動機の必然性から説く。

それでは,上記の論者による「因果性」重視の背後にあるものは何なのだろうか。筆者は4点で,これを整理している。第一に,現実に従うべきとする徹底した経験的姿勢である。ここでは数理経済学による過度の単純化,非現実的図式は排除される。第二に,経済(社会)が数学や物理学の対象とは性格が異なるとの認識である。第三に,経済が因果性を含む有機体として類推されていることである。第四に,社会自体の基本的な見方として,方法論的個人主義もしくは「微視的」見地ではなく,「集団論」が採用されている(デュルケルム)。

因果関係の内容に関して,筆者は次の整理を行っている。第一に彼らの言う因果性は,現象の連鎖,現象と現象との関係である。問題はそこで実体的本質的把握が拒否されていることである。第二に,したがって因果性の規定としては,この連鎖を形成する因果の時間的ズレ,先後性が主要な内容となる。第三に,連鎖の特徴として,不可逆性,一方向性があげられている。第四に,現象連鎖という表面的次元でも,因果性の本質的一側面としての,原因が結果に帰結するという生成的性格はかろうじて保持されている。第五に,ただし彼らの生成的関連としての因果性概念には,一種の心理的主観主義が入り込んでいる。この考え方の基礎には,経済法則も人間が直接に作り出すという観念が働いている。第六に,彼らの因果性概念には客観的必然性ないし決定論的見地が欠けている。因果性が法則よりも規則性,安定的関係としてとらえられている(シミアン)。
筆者は最後に論者たちが数学的方法をどのように評価したかを紹介している。数理経済学に対する彼らの批判の姿勢は厳しいが,数学的方法そのものには意外と寛容であった。シミアンは数学的言語に演繹を早く正確に行う機能をみていたし,統計が使われれば数学的方法が役立つと考えた。ノガロは数学では因果性を表現できないとしながらも,因果性を見出すための準備的手段として数理統計学的方法という形態での数学的方法を認めた。計量経済学に対しては,この考え方の延長で肯定的に評価している。モデル的方法に関して,計量経済学はそれ自体で原因の探求に従事する方法と位置づけられる。A.マルシャルも計量経済学の形態での数学利用を歓迎している。その論拠は,モデル的方法と統計的観察が対象を一面的に限定して制度的構造の特徴を数学的に研究できるからである。

 筆者の結論は次のとおりである。上記の論者は因果性を時間的先後性,不可逆性としてとらえ,原因が結果に帰結する必然的契機を欠く理解にとどまった。因果性概念の理解の弱さ,不十分性をして,関数関係を中心とした経済学への数学的方法の容認へとつながらせしめた。また,彼らの数学そのものの検討が不十分であった。数学が存在に対して中立的とみなされ,数学的対象認識の特徴,その論理の性格,数学的方法の有効な範囲についての認識が弱かったか,考察されることもなかった。「以上のような基礎にたちながら,彼らはなお,『数学的方法』の一面性を意識し,その『限界』を画そうとする。そこでの根拠は,因果関係の主観的な解釈に求められることになる。つまり社会現象は非合理的,非論理的に動揺する人間の心理,意識の産物であるから『関係を固定して捉える』数学的方法ではこれにそぐえないというのである。・・・数学的方法を本質的な次元で受け入れつつ,他方では今のように(上記のように?-引用者),その限界を主観主義的に画するため・・・方法論的二元論-短期では数学的方法,長期では非数学的方法とか,計量経済学と『歴史的』方法の併用とか-にならざるをえないのである」(p.33)。
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