社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

郡菊之介「物価指数の論考」『物価指数論』同文館,1929年

2016-10-16 11:44:55 | 9.物価指数論
郡菊之介「物価指数の論考」『物価指数論』同文館,1929年

 この章で筆者は, 物価指数論分野における過去の(と言っても本書が出版された時点からみた過去であるが)主要な研究者の主要論点を整理, 検討している。最初に物価指数の役割を定義している。それによると,「物価指数の任務は物価平準の変動を表現するにある。換言すれば物価の平均的変動を示すのが物価指数の任務である」としている(p.69)。関連して, この箇所では, 物価指数の「任務」と「目的」とは異なること, また物価指数は価格指数と「根本的に異なる」と述べている。

 よく物価指数は, 貨幣の購買力の測定のために作成される,ということをいう人がいるが, 筆者によれば貨幣の購買力の測定というのは物価指数の利用「目的」の一つであり, 指数そのものが貨幣の購買力の測定になっているわけではない。さらに筆者は物価指数には, 広義のそれと, 狭義のそれとがあり, 広義には有形物,無形物の物価の指数であり, 狭義には有形物のそれに限定される。前者には生計費指数,賃金指数も入る。後者では, 卸売物価指数と小売物価指数とがあるが, 沿革から言えば物価指数と言えばかつては卸売物価指数だったのであり, 小売物価指数が問題になってきたのは20世紀に入ってからという。

 物価指数の概念を以上のようにおさえたうえで, 筆者はこの後, ピアソン, エッジワース, ミッチェル, マーシャルの物価指数論を吟味している。このうちマーシャルのそれは「補論」として位置づけられ, ほとんど原文からの引用で, 資料的に確認しているだけである。

 ピアソンの指数論は物価指数を否定した論者として有名である。その中身が, 紹介されている。ピアソンはいくつかの数値例を出して, その矛盾を示し, 物価指数の成立が不可能, あるいは意味がないと考えたようである。エッジワースは, ピアソンのこの考え方を批判した。

 エッジワースによれば, ピアソンの指数理解の問題点は, 物価指数を構成する諸商品の価格が平均水準の近傍で散布的傾向(現在の用語で言えば分布の傾向)をとるという点を看過していたことにある。数値例としてピアソンによって示された品目はあまりにも数が少なく, 物価指数を構成する商品の価格が平均水準の近傍で分布し, そこでは騰貴した商品価格と下落した商品価格とは相殺しあって, ある水準に落ち着く。商品の価格のデータが多ければ多いほど, そして実際には多数商品の価格データを使って指数計算はなされるので, ピアソンが数値例で示した懸念は問題にならない。

 またピアソンは指数計算で, 算術平均をとった値と幾何平均をとった値とが大きく異なり, このことをもって物価指数の意義に悲観的な姿勢をとるが, これについてもエッジワースは計算を構成する商品の数が少ない場合にはそういうことも起こりうるが, 実際の計算では価格データは大量であり, その心配はない, むしろ幾何平均による指数は, 基準の変更によって計算結果の値が異なる欠陥を回避できるので, 指数算式の形式性では算術平均の方法よりもまさる, と指摘している。

 ピアソンは他にも, 商品の価格の測定単位が変えられると, 平均価格の騰落が相反するケースがでてくるとして, 平均が上がるか下がるかは価格をあらわす方法によって専ら決まるので, この点からも物価変動を測定するすべての試みは無意味であるという見解を述べているようである。エッジワースは, この見解に対しては, そのような特異な事例を出して, 物価指数の可能性に制限的評価する姿勢を否定している。

 筆者は, 次にミッチェルの物価指数論を解説している。ミッチェルはウォルシュ, フィッシャーと並んで, 指数論の代表的論者である。ミッチェルが使った統計資料は, アメリカ労働統計局で作成された約半世紀にわたる230余の商品の各々の年平均の卸売価格であった。これらの卸売価格は各商品に2系列の計算結果として示され, 一つの系列は1890―99年を基準とする価格指数, もう一つの系列は常に前年を基準とする連鎖指数であった。ミッチェルは, これらの統計を使って, 価格変動の多様性を確認するとともに, 種々の方法でそれらを類型化し, その結果, 価格変動にある種の集中的傾向があること, したがって物価指数の計算には意味があり, 可能であることを主張した(ただし, 比較の期間がひらけばひらくほど価格変動の分布は大きくなり, 誤差も大きくなる)。

 「補論」の「マーシャルの物価指数効果論」では, マーシャルが貨幣の購買力の測定という目的に照らして, その物価指数論がいかなるものだったのかを, 引用によって跡づけ, 全体としてはそのことがきわめて困難であることが示される, としている。

 以上, この章では, 物価指数論の可能性を否定し, その作成に悲観的態度を示したピアソンと, その見解と姿勢に反対して指数の可能性と意義を主張したエッジワース, ミッチェルの考え方の検討がかなり詳しく成されている。物価指数論黎明期の理論の紹介として貴重な資料である。
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