社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

大橋隆憲「社会科学的統計思想の系譜(第1部)」『社会科学的統計思想の系譜』啓文社, 1961年

2016-10-16 21:25:29 | 4-1.統計学史(総説)
大橋隆憲「社会科学的統計思想の系譜(第1部)」『社会科学的統計思想の系譜』啓文社, 1961年

 本書のタイトル『社会科学的統計思想の系譜』は, その第1部のそれと同じである(付言すると第2部は「日本における統計と統計思想の発達」, 第3部は「統計の定義と概念にかんする資料」である)。本書刊行が1961年であるから, この頃に社会統計学研究の第一線にいた筆者が, 社会統計学の歴史をどのように把握していたのかがよくわかる。くわえて, 今に生きる研究者もおさえておくべき学説史ではなかろうか。内容は, 社会統計学の思想史的流れの極めて簡明な見取り図である。

 この「社会科学的統計思想の系譜(第1部)」は, 5つの章からなる。第1章では, 統計学の諸流派の歴史的概観が, 第2章では「国状学派」, 第3章では「政治算術学派」, 第4章では「社会統計学派」, 第5章では「社会主義における統計学」が解説されている。

 筆者が注目しているのは, 統計学を方法論とみる思想的流れと実質的社会科学とみるそれとの対立であり, また自然科学にも社会科学にも適用できる数理統計学を統計学とみなす見解と統計学を社会科学の一つの分野とみなす見解との対立である。また, 上記の章立てでいうと, 第1章「統計学の諸流派の歴史的外観」, 第2章「国状学派」, 第3章「政治算術学派」までは, それらのもともとの原稿が『経済学辞典』(平凡社)であり, その転載であることもあって, 通説的理解が示されている。しかし, この論文の執筆が1960年前後ということで, 直近の1950年代に旧ソ連で展開された統計学論争についての記述の比重が重いことに気づく。

 社会統計学思想の系譜について書きながらも, 筆者の関心はドイツの社会統計学派とソ連の統計学論争にある。そして数カ所で, 今後の課題として, ドイツの社会統計学派とソ連の統計学論争の関係を究明する必要があると述べている。
第4章「社会統計学派」ではドイツ社会統計学派の成立(クニース), 発展(エンゲル, ワグナー, ドロービッシュ, マイヤー), 解体にいたるプロセス(クナップ, レキシス, ボルトケッチ, リューメリン, チチェク, フラスケムパー)が概観されている。マイヤーはとくに大きくとりあげられ, その科学論, 集団論の詳しい紹介がある。ドイツ社会統計学の解体では, チチェク, フラスケムパーの統計学の詳しい解説がある。筆者によって本書で紹介されたドイツ社会統計学の趨勢は, その後, 足利末男, 有田正三, 長屋政勝らによってさらに一層究められたが, 大橋の研究はその礎石だったと推察できる。

 第5章「社会主義における統計学」も筆者が力を入れて執筆した形跡がうかがえる。叙述を旧ロシアから説き起こしている。ソ連の統計学の研究はそれなりの蓄積があるが, ロシアのそれについてはごく稀であり, 日本ではあまり知られていない。旧ロシアの統計学の最初の著作は1727年に発刊されたキリーロフ『全ロシア国家の繁栄の状況』だそうである。コンリングによるドイツの国状記述学と同じようなパターンで書かれているという。他に, ロモノーソフ, タツシチェフ, クラフト, ヘルマン, アルセーニエフ, ゲルツェン, チェルヌイシェフスキーなどの統計家の名前が並んでいる。ロモノーソフ, ゲルツェン, チェルヌイシェフスキーは, 名前だけ知っているが, ほかの統計学者は知らない。この延長上で, ソ連の社会主義統計学の発展について論じられている。社会主義経済のほころびがまだ表立ってあらわれていず, 逆に期待が寄せられていた時代でもあったので, ソ連統計学への関心も高かった。旧ソ連の統計学論争が, 普遍科学方法論説の立場に立つ論者, 社会科学方法論説の立場に立つ論者, 実質科学説の立場に立つ論者にわけて, かなりくわしく紹介されている。この頃のソ連統計学界の支配的見解は, 実質科学説の立場に立つ見解だった。普遍科学方法論説(=数理派のよってたつ見解)は, 批判の矢面にたっていた。

ごく大雑把なこの論文の紹介は以上であるが, いくつか教えられた。「統計」の定義は難しく, むかしからそれをめぐっては百家争鳴であるが, ウィルカスによるそれらをまとめた文献があるということである。筆者はそれを使って, 1900年以降, 統計がそのように定義されてきたかを紹介している。アッヘンワル「ヨーロッパ諸国家学綱要」, シュレーツァー「統計学の理論ならびに政治学一般の研究についての理念」, マイヤー「社会生活における合法則性」, 「統計学と社会学」の要約があり, 便利である。またこの1部にではないが, 本書の12章には独ソ統計学論争の資料の翻訳が掲載されている(オットフリード・クーン, カシミール・ロマニューク, ハインツ・ヘルツ, ゲルハルト・リヒター, ヴェ・ソーボリ, ハインツ・ランゲ, エス・ストルミリン)。
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