社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

岸啓二郎「家計調査の発展-戦前期の日本を中心として-」『統計学』第37号,1979年9月

2016-10-16 11:30:35 | 10.家計調査論
岸啓二郎「家計調査の発展-戦前期の日本を中心として-」『統計学』(経済統計研究会)第37号,1979年9月

 標題は戦前期の家計調査となっているが,明治の貧民調査まで遡っている。家計調査の系譜はそこから始まるというわけである。本稿では救貧対策,治安対策などの目的で実施された明治期の調査から大正期の本格的な家計調査,昭和期のそれへと展開されていく様子が論じられている。
明治期のその種の調査は,鈴木梅四郎「大阪名護町貧民窟視察記」(1888年[明治21年]),横山源之助「日本の下層社会」(1898年[明治31年])である。これらは日本資本主義の発展過程で農村から出て都市雑業層に滞留した人々のルポルタージュ的生活調査であった。明治23年以降,警察署が実施した貧民調査も,明治30年代の内務省,農商省通達によって行われた調査も同種のものであった。国家による都市下層社会の調査は,1911年(明治44年)と1912年(明治45年)の内務省地方局の「細民調査」である。前者は調査方法が不明であるため,筆者は後者の内容をかいつまんで紹介している。調査対象は細民部落に属する者,主として雑業または車力その他の下級労働に従事する者,一か月の家賃が3円以内の家屋に居住する者,所帯主の職業上の収入が月額20円以内の者などの条件に該当する者であった。調査方法は,他計式の聞き取り調査,調査事項は職業,月収,教育程度,宗旨,嗜好,住居の構造などであった。生活費に関する調査事項は,関心の対象外におかれていた。

 生計費問題の資料作成のために行われた調査は,1916年(大正8年)5月の「東京に於ける二十職工家計調査」が最初である。高野岩三郎の指導によるもので,諸外国の経験に学びながらも実現可能な形の小規模な調査であった。調査区域は東京,調査対象は労働者,世帯構成は夫婦と子供で構成される親族的世帯,調査期間は一か月,家計簿式調査での典型調査で,調査事項は所帯全員の姓名,続柄,体性,年齢,配偶関係,職業,収入と支出であった。大正期の家計調査は,この調査を皮切りに「家計調査狂時代」という言葉も現れるほどの勢いで実施された。大正期のこの種の調査の特徴は,調査対象が労働者世帯中心となったこと,調査事項が家計の収支中心となり,賃金統計と不可分のものと位置づけられたこと,調査方法として家計簿式が定着したことである。調査期間も長期化し(一年),家計収支の項目分類が整理され,調査主体は中央官庁だけでなく,地方官庁,労働団体など多様化した。

 筆者は続いて,昭和期の家計調査,すなわち内閣府統計局による「第一次家計調査」(大正15年9月から昭和2年8月実施),「第二次家計調査」(昭和6年~15年)を紹介している。前者は大正13年実施予定であったのが関東大震災で順延となった調査で,内容的には「東京に於ける二十職工家計調査」とその後10年間の調査を集大成する性格をもっていた。調査対象は全国主要都市の工場労働者,給料生活者,交通労働者・日雇労働者,鉱山労働者,農業者などで,世帯の月収総額200円以下(農業世帯は耕地面積二町以下)の典型的な世帯で,家計簿記入者が募集され,そのなかから長期の協力が可能で,調査目的に適格と認められたものが抽出された。応募者11824世帯から7856世帯が選定され,83%の6506世帯の協力が得られたという。

 「第二次家計調査」は1931年(昭和6年)の米穀法改正にともない米の最高価格決定の資料として毎年実施されることになり,昭和6年から15年まで行われた。調査対象は家計米価との関連で給料生活者,工場・交通労働者を世帯とする白米を主食とした月収50円~100円の世帯という条件で抽出された。その他の調査方法などは,おおむね「第一次家計調査」と同じであった。「第二次家計調査」の特徴は,調査目的が労働問題対策の基礎資料の作成であったことの他に,最高米価決定の資料獲得,生計費指数のウェイト資料作成と多様化したことにあった。

 当時,統計局は1925年のILO第2回国際労働統計家会議の「生計費指数に関する決議」に促され,1937年(昭和12年)5月の「生計費指数基礎資料実地調査令」にもとづき「生計費指数」作成を企画していて,同年7月から毎月1回生計費指数構成項目について価格資料実地調査を行うことになった。「第二回家計調査」は,そのことをも念頭に入れて実施された。こうした事実は,当時の生計費指数が労働者に対する政策と不可分の関係で作成されていたことを教えている。
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