社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

海老沢照明「大陸派数理統計学の方法的特質」『統計学』第45号,1983年9月

2016-10-17 11:31:32 | 4-2.統計学史(大陸派)
海老沢照明「大陸派数理統計学の方法的特質」『統計学』(経済統計研究会)第45号,1983年9月

 現代の支配的統計学である数理統計学は,統計的規則性の表現形式としての統計系列が特定の確率分布を表している,とする。遺伝学,生物学の分野で展開されたF.Garton,W.M.Personsの数理的手法を継承した英米数理統計学も,人口統計,道徳統計を基盤に成立した大陸派数理統計学も,この点で共通しているが,後者は社会的集団現象の確率的前提を確率論的基準で検証するという特徴をもつ点で,英米数理統計学と異なる。この論文の課題は,社会集団の確率的諸前提を問題にした大陸派数理統計学の方法的特質を明らかにし,彼らによる英米数理統計学の批判を検討すること,とされている。

 全体は,「大陸派数理統計学の方法的特質」「O.AndersonによるHarvard 法批判」「大陸派数理統計学の評価」の各節からなる。

 「大陸派数理統計学の方法的特質」では,W.Lexis,L.v.Bortkiewiecz, A.A.Tschuprow, O.Anderson のそれぞれによる統計的規則性の確率論的把握がどのようになされているかが解説されている。筆者によれば,Lexisは確率論の前提条件(各個別事象の等可能性と相互独立性)を「充分理由の原理」で理解するが,現実にはその条件がないとしてそれが近似的に成立する場を「不充分理由の原理」で主観的に確立したうえで,それが数学的確率の要求するように変動しているかを問題とする。くわえて確率論の前提条件の視点から社会的現象を分類し,「独立の学問としての統計学」に固有な対象を具体的,非拘束的集団現象で,その時系列が類型的確率量の性質を有する集団現象に限定する。

 Bortkiewieczに関して筆者は,その「少数法則」の概念に着目する。「少数法則」とは事象数が小さければ小さいほどもとめられた分散は確率論的に期待される理論的分散に近似するという傾向を指す。Bortkiewieczは「ストカスティーク」の対象を確率可変という図式で構想し,それを数学的に厳密化することで試行数に関わる制限をなくし,確率論の適用対象を統計的絶対数に拡大した。

 Tschuprowは確率論の適用対象を事象間の関係の規則性の問題に拡張するために,イギリスの数理統計学者によって開発された相関理論を「大陸学派」の観点から体系化した。要となったのは,「正常安定相関」の概念である。「正常安定相関」とは「相互依存法則」(一方の確率変数が特定の値をとっても他方の確率変数が依然として確率変数であるような確率変数間の関係を表す「確率的結合」)があらゆる試行において一定で,あらゆる試行が相互に独立であるときにおける確率的結合のことである。

 Tschuprowの統計的相関研究は,Andersonによって階差法を媒介に経済時系列の相関分析法として具体化された。相関係数を時系列に適用するには,時系列の特殊な性質を考慮しなければならない。そこで考え出されたのが階差法である。Andersonによれば時系列分解の基本仮説は,時系列の各項が数学的確率をもつ確率変数であること,時系列の各項の数学的期待値が有限であること,である。この仮説は次のことを意味する。第一に時系列は2つの部分,すなわち数学的期待値と偶然的要素とからなる。それらは相関せず,互いに独立であり,誤差論で扱われる運否法則に従う。第二に両者の要素は加法的に結合される。この前提条件のもとで,時系列に含まれる両要素を分離する方法がAndersonの階差法である(偶然変数がある任意の分布法則に従っているときの先験的分散と現実の経験的分散との比較というLexis,Bortkiewiecz以来の方法に依拠)。

 筆者は以上のように大陸派数理統計学を代表する4人の考え方を要約した後に,それらと英米派数理統計学との方法論上の差違を明らかにするために,「O.AndersonによるHarvard 法批判」を吟味する。その視点は5点あり,それらは統計系列への曲(直)線のあてはめの意義と限界について,趨勢分を最小二乗法によって規定することへの批判,趨勢分の記述式を選択するさいの問題点への批判,トレンド直線の除去と不規則変動との関係について,Peassons が「具体的な場合とその確率的前提との一致が,どのような仕方で証明され得るかを示さなかった」ことへの批判である。

 筆者は「大陸派数理統計学の評価」を次の諸点に要約している。
(1)大陸派数理統計学は,その方法の適用対象を限定的にとらえる。Lexis の場合は「類型的確率量」としての性質をもつ「確率比率」であり,具体的には出生児性別比と一定年齢期における死亡者の性別比である。Bortkiewieczはストカスティークの適用対象を統計的絶対数に拡張したが,その具体的適用を「少数法則」に限定した。Tschuprowは現象間の関係のうち,「確率的結合関係」という関係だけを,しかもそれが一定不変であるような関係だけを統計的方法の対象とした。 Andersonは階差法によってTschuprowのいう「確率的結合関係」を経済時系列から確率論にもとづいて摘出し,その関係を統計的方法の対象とした。
(2)大陸派数理統計学は社会的集団現象を対象としながら,社会現象の法則認識の過程に位置づけがなされなかった。
(3)統計学が「補助科学としての統計学」と「独立の学問としての統計学」(Lexis),「統計学」と「ストカスティーク」( Bortkiewiecz),「統計学」と「統計的方法」(Tschuprow), 「イデオグラフィア的方法としての統計学」と「ノモグラフィア的方法としての統計学」(Anderson)とに分離され,それぞれ前者に記述統計学的役割が与えられ,これによって後者の客観的性質に関与しない統計的方法が自立化されている。
(4)大陸派数理統計学では,統計的方法は「帰納的推理の不確実性」(Lexis),「原因および結果の複数性」(Tschuprow),「帰納問題」(Anderson)を扱う方法として位置づけられている。具体的現実は,このようなアプリオリな方法的視角からのみ考察される。
(5)現実の変動と確率論的に期待される変動との比較による確率論的前提それ自体の検証という大陸派数理統計学の特徴は,その大標本論的立場を特徴づけている。
(6)この確率論的前提の検証(確率論的基準による検証という限界を別として)というそれ自体としては正当な視角のゆえに,大陸派数理統計学は最小二乗法による形式的な曲(直)線の当てはめを批判できた。これによって統計的方法を社会現象の分析方法に無制限に拡張することに制限を設けることができた。
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