社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

山田耕之介「近代経済学批判の方法について-盛田・久保庭両氏の青木昌彦氏批判について-」『経済』1973年12月

2016-10-18 11:19:18 | 12-1.社会科学方法論(経済学と方法)
山田耕之介「近代経済学批判の方法について-盛田・久保庭両氏の青木昌彦氏批判について-」『経済』1973年12月

 「近代経済学批判」が経済学分野の一つの大きな課題だった時代があった。東洋経済新報社から『講座・近代経済学批判』が出版されていたほどである。時代はすっかり変わってしまい, 現在, 近代経済学批判などをまともに自身の研究課題とし, また自分がしないまでもそのことの重要性を心得, 関心をもっている研究者は「絶滅品種」になりつつある。多くの研究者, グループは, わずかの例外を除くと, それぞれに我が道を行く式で研究しているのが現状で, 研究者, グループでの相互批判はもとより, 異なる経済学の間で相互に理論の哲学的, 方法論的基礎にたちかえって, 批判的研究する風潮は, いまはない。

 この論文が公になったのはちょうど40年前。再読すると, 個々の経済学研究が時代, 社会, 思想を意識し, それらと真摯に向かい合っていた時代背景に思い当たる。

 筆者は, 青木昌彦『組織と計画の経済理論』(1971年, 岩波書店)を批判的にあつかった盛田常夫・久保庭真影「『近代経済学』とシステム分析-青木昌彦氏の所説によせて-」(『経済』1973年7月)の批判の方法について論じている。

 筆者は盛田・久保庭(以下, 評者と略)の青木理論批判を次の点で評価している。すなわち評者は,青木理論が一定の歴史的背景のもとで生まれたことを正確に捉えている点, 危機への近代経済学の一つの対応として生まれてきた「経済技術学」に的確に反応し, 青木昌彦の所説を批判の対象としてとりあげた点を, (青木の所説に対する批判に若干の物足りなさがあるものの)的を射たものとしている。しかし, 評者の批判の姿勢の問題点にも触れている。というよりも, 本稿執筆の狙いは後者にあったことは, 論文の全体を読めば容易に推察できる。

 要約していえば, 評者の青木批判は, 近代経済学の危機の内容と深刻さの認識でオプティミスティックであり, 一面的である。具体的に言うと, 評者は一方で青木理論が新古典派の俗流的な枠をでず, その単なる外延的延長であり, 新古典派的・俗流的計画理論の典型であることに批判の眼目におきながら, 他方でシステム分析による経済学の再構築という, 統一科学を目指す運動が経済学解消につながる要因となる点を等閑視している。せっかくの青木理論批判がこのように不徹底な内容に陥ったのは, 評者が暗黙のうちに近代経済学批判と言えば, 新古典派批判だととりちがえていること, 経済システム理論(分析)の適切な評価に関して積極的な展開がないことによる。筆者は, このことをもって, 評者自身が当時「社会主義国のこうした新しい傾向を代表する経済学の正しさ, それがマルクス経済学の正しい発展であることを確信できないでいるからにほかならない」と断定している。(その後, 盛田は経済システム論を展開したハンガリーのコルナイの経済理論[反均衡の経済学]研究の第一人者になった。)

 思えばこの頃から, 社会主義諸国の経済体制の矛盾が表面化し(矛盾の根源はもっと以前から), これらの国々でシステム論, サイバネティックスなどが高く評価されはじめていた。筆者は, 評者がもっていたかもしれない, それらの議論への憧憬を見抜いていたかのようである。本稿末尾では, 旧社会主義諸国のマルクス経済学者が現状弁護におちいる保守的傾向に流れやすいことを指摘している。システム論, サイバネティックスの展開は, そのような保守的な現状肯定主義が受け皿となっていたのであった。

 本稿は短い論文であるが, 本来のテーマについて遺漏なく論じながら, 近代経済学批判の4つの要件を示し, テーマの枠組みにもしっかりとした目配りがある。近代経済批判とかかわるそれらの要件とは, 批判すべき理論が生まれてきた歴史的背景を明らかにすること, その理論と内容の検討が中心にすえられなければならないこと, その政策的社会的役割を明らかにすること, 科学方法論についての明確な問題意識に立脚しなければならないこと, である。最後の点について, 筆者の文言を引用する, 「近代経済学は, 経験主義哲学のさまざまな科学方法論によってその理論構築をみちびかれている(ので), 現実に経験主義哲学を背景とする多くの科学潮流についてマルクス主義哲学者のあいだに完全な意見の一致がみられない以上, 生きた現実を全面的にとらえ学ぶことによって, そして具体的な近代経済理論を批判し検討することによって, 自分自身の責任において判断する, 真に科学的な姿勢を確立することが緊急の課題である」。繰り返しになるが, 今から40年前の言である。
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