社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

山田耕之介「標本調査とソヴェト統計論争-最近の統計学書紹介-」『金融経済』14号, 1952年

2016-10-17 21:18:32 | 5.ロシアと旧ソ連の統計
山田耕之介「標本調査とソヴェト統計論争-最近の統計学書紹介-」『金融経済』14号, 1952年

 この論稿が発表された時期, 日本の統計学は現在とはまた違った意味で, にぎわっていた。種々の国民生活と結びついた政府統計, 例えば物価・生計統計, 教育文化統計などが定着し, また標本調査が徐々に採用され, 学界では推計学をめぐる論争がひとしきり行われた。またソ連の統計学界で計学論争が展開され, それがただちにわが国に紹介され, 日本の社会統計学に決定的な影響を与えた。これらの状況を反映して, 一連の統計学書が数多く出版された。本稿はそれらのなかから, 統計研究会編『標本調査ガイドブック』, 同研究会訳『ソヴェトの統計理論』の書評を兼ねつつ, 現在進行形でこれらの議論のなかにあった統計学の本質的問題を喚起したものである。

筆者がこの2冊をとりあげたのは, 前者が日本における標本調査の当時の水準の全貌を示すものだからであり, 後者が当時あまりよくわからなかった社会主義国の統計がどのようなものかを伝え, かつこの頃, 隆盛をほこっていた統計学や推計学の社会的役割の解明に寄与するとの理解があったからである。論旨は当時の統計学の流行を受け止め(推計学, 標本調査, 政府統計の定着), そこにまとわりついている虚飾をソ連統計学論争の成果の援用によって取り除くことにあった, とみてよいであろう。

筆者はまず統計調査が経済理論から遊離してはならない,と主張している。経済理論から遊離した調査として, 筆者は「労働力調査」における「完全失業者」の概念をしている。「完全失業者」の定義(その内容は, 長くなるので, ここでは触れない)が, 経済理論と結びついていないことは「労働力調査」に関心をもつものであれば, 今では誰もが知っていることであるが, それらの定義はいまも変わらず使われ続けている。

次に強調されているのは, グループ分けの意義である。グループ分けは, 社会経済現象およびその過程を反映した膨大な統計資料がそれ自体では渾然一体としたデータの塊にすぎないので, そこにデータの発展形態を映し出す指標で特徴的な集団, 亜集団に分けることである。政府統計ではこのグループ分けが不十分として, 筆者は例として, 「毎月勤労統計調査」をあげている。この統計における給与額は通常の労働者のものの給与のほかに, 重役や一般理事者のそれも含まれている。ソ連統計学論争では, オストロヴィチャノフのネムチーノフ批判(ネムチーノフが農産物分類を統計的=生物学的方法による指標で行ったことへの批判)が, この種のグループ分け問題とかかわっていたようである。

 筆者は最後に数学的方法の利用について言及している。統計調査や分析に, どの研究法を適応するかは研究対象の特性に依存する。研究対象に数学的命題に適した条件が存在するならば, その利用は十分にありうる。ソ連統計学論争でも, コズロフはそう述べているとして筆者はそれを引用している, 「社会経済統計の『数学化』の企ては, 統計から数学的操作を全然追い出す試みと同様に不合理である」と。統計研究の形式主義的―数学的偏向の背後には, 観念論的偏向が存在し, これらの偏向は社会経済過程および現象の科学的分析に誤った帰結をもたらす。政府統計の家計調査などの標本調査にそのような傾向があることを筆者は懸念を表明している。

 本稿で筆者が指摘した統計事情は, それが書かれた1950年頃とほとんど変わっていない。継続して問題点を指摘する論者もいなくなっている。既成事実の積み重ねは, 研究者の批判的姿勢を断念させてしまったかのようである。
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