社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

高崎禎夫「経済指数論」『統計学』第30号,1976年3月

2016-10-16 15:32:23 | 9.物価指数論
高崎禎夫「経済指数論」『統計学(社会科学としての統計学-日本における成果と展望-)』(経済統計研究会)第30号,1976年3月

 経済指数論には,生産指数論なども含まれるが,主として物価指数論として展開された。通常物価指数論の歴史は,フィッシャー以前と以後とに,とりわけハーバラー以後とで区分される。その経済理論は主観価値説である。フィッシャーまでは,名目主義的貨幣理論と貨幣数量説に依拠し,その主要な算式論は価格比率の分布型ないしテストによる形式主義的,数学的方法に頼るものであったが,目指した最良の算式の一義的決定を得られなかった。ハーバラー以降は,主観的貨幣価値論(貨幣の効用価値説)となり,貨幣数量説はその変種である所得数量説にとって代えられた。この結果,これらの物価指数論はその一般的物価水準および一般的物価指数の測定を放棄し,個人主義的な主観的貨幣購買力指数=主観的生計費指数中心の議論に変質した。後にフリッシュは,ハーバラー以降の物価指数論を「関数論的」物価指数論と総称し,これを消費者選択理論にもとづく無差別法で統一的に論証した(パレートの選択理論を援用)。今日の支配的物価指数論は,この「関数論的」物価指数論である。しかし,それも,国民経済計算デフレータの作成という要請のもとに,存在根拠を失いつつある。

 近代経済学の理論に依拠した以上の物価指数論の系譜とは別に,蜷川虎三は客観価値説の観点から物価指数の経済学的意味を問い,客観的貨幣価値変動率の測定をもって一般物価指数の目的及び意味とすべきとし,独自の算式論を提唱した。この試みは文字通り価値論次元にとどまったため限界があり,山田喜志夫はその限界を克服する意図をもって客観的貨幣価値指数論を展開した。蜷川は上記の物価指数論の他に,経済活動に必要な貨幣量の変化を測る指数としての貨幣の購買力指数も構想していた。この議論は経済活動が異なるに従って貨幣購買力は多種に別れることになり,たとえばそれが家計消費である場合には,それにもとづく貨幣購買力指数は生計費数となる。

 筆者は以上のように,物価指数論の系譜と展開を要約し,以下で「客観的貨幣価値指数論の現段階」「客観的貨幣購買力指数と若干の実際的問題」「関数論的物価指数の批判」について,それぞれ解説している。

 「客観的貨幣価値指数論の現段階」では,まず蜷川虎三の業績が紹介され,その内容を「労働価値説に立脚して,価値論的規定において商品の価格の分析を行ない,まず経済学上の客観的貨幣価値量の存在を認め,次いで貨幣価値変動率の測定をもって,一般物価指数の目的および意味とすべきであるとした。山田は蜷川に欠けていた具体的諸契機,すなわち貨幣における価格の度量標準機能の問題,商品の現実価格(市場価格)の価値からの乖離という問題(需給関係の変動[景気変動]による),独占価格の問題を加味し,諸商品の価格の比率の系列によって貨幣価値の変動を測定しようとした。しかし,その内容を逐一検討すると,諸商品価格の比率の平均形式としての,この物価指数は,貨幣価値の変動の指標たりえないという結論となり,山田以降その試みは沙汰止みとなってしまった。

 「客観的貨幣購買力指数と若干の実際的問題」では,以下のような問題が扱われている。貨幣の購買力指数では,同一商品群に対する相対的な購買力の変化の比較が問題となり,対象となる商品群が家計によって消費されたものであれば生計費指数となり,これを国内総支出に拡大して特定化すればGDPデフレータ(個人消費支出と政府消費サービス経常購入と国内資本形成と経常海外余剰によって構成される)となる。前者の生計費指数では,どの生計を選ぶか,どのような生計費を選ぶべきかによって,階層別物価指数(生計費指数)が日程にのぼってくる。指数作成上の困難な実際的問題として,品目の交替と品目変化の処理方法の問題がある。この問題に関連して,筆者は品目の交替に関して,より弾力的な価格調査対象を勧告し,商品の機能とかかわりのない諸特徴にとらわれるべきではないとしたスティグラー・レポートの文言に共感を示している。また,品質変化の処理方法としてのヘドニック法に対しては,その経済理論的検討が必要と述べている。連鎖指数に対しては,品目の交替と品質変化の問題の解決がつく可能性を見込んで,賛意を表明している。

 「関数論的物価指数の批判」では,この系譜にある限界値論,近似値論,弾力性論をとりあげ,物価指数としてはもちろん,国民経済デフレータとしても,本来目指していた生計費指数としても失格であるとしている。すなわち,「関数論的物価指数は,その価値概念が主観的効用価値であることから,必然的に特定個人的・主観的性格を帯びている。その上に立って限界値論はさらに,観念的・非現実的諸仮定および短期的諸仮定によって支えられている・・・つまり物価指数の真値がラスパイレス式の値以下にあるという俗説は,その指数が特定個人的・主観的しかも観念的・非現実的かつ短期的指数である場合に限られる,ということである。近似値論はさらに短期性を強め,弾力性論はますます観念性を深めるものである」と(p.256)。筆者はこの結論を,関数論的物価指数論がよってたつ「選択尺度所持の仮定」「正常性の仮定」(以上の2つの仮定は無差別図に関係する),「個人の行動の最大満足化原則の仮定」(均衡購入点をもとめるための仮定),「選考尺度不変の仮定」の検討から導き出している。 
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