社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

是永純弘「統計的方法の『有効性』について」『経済志林』第34巻2/3号,1966年7月

2016-10-18 16:49:00 | 12-3.社会科学方法論(確率基礎論)
是永純弘「統計的方法の『有効性』について」『経済志林』第34巻2/3号,1966年7月

統計的方法とは,大数観察における数理的方法のことである。それは確率論を基礎とする数理統計学の理論,すなわち統計的推論あるいは推測統計学の核となる研究方法である。統計的推論では判断の基礎となる知識は不確実であり,それから得られる結論もおのずから不確実である。統計的推論の結果として得られる「統計法則」は,推論の正確さが確率をもとにして判断される以上,確率的であり,非決定論的な規則性に過ぎない。研究成果の有効性は,したがって確率的にしか判定されない。

確率論基調の統計的方法は,数理統計学者の間で統計学一般の最も先進的な形態として認められている。こうした理解に異を唱えたひとりが,L.ホグベンである。ホグベンは自然科学における実験研究者の立場から,統計的方法の有効性を批判的に評価した。本稿は,このホグベンの見解にそくし,統計的方法の有効性についての基本問題を明らかにし,社会・経済統計の利用における統計的方法の意義を考察したものである。

全体の節建ては,次のとおりである。「1.統計理論における現代の危機-L・ホグベンによる統計的方法の批判的評価<現代統計学の基礎理論としての確率論の不確実性><統計理論の諸領域における確率計算の実質的意味>」「2.いわゆる統計的方法の仮象的有効性-社会・経済現象における決定論的法則性と確率計算法との対立-」。以下,筆者の叙述を引きながら,本論稿を要約する。

両大戦間に,統計的方法は,農学,医学,心理学の研究分野で流行となった。しかし,科学研究者のうちで,手段として使われる統計的方法の論理的信用保証を明確に把握しているものはほとんどいない。ホグベンはそこに現代の統計学における危機の要因をみる。

 ホグベンはまず,現代の統計理論=統計的方法の基礎にある確率の概念がいかにして成立するかを確率論の発展史にそって解明する。

古典的確率の定義は,「事象生起の均等可能性」の仮定を前提としている。この仮定は,一回の試行のあらゆる結果に同等の機会が配分される「結合機会の等分配の原理」によって成り立っている。「事象生起の均等可能性」の仮定は,古典的確率論でどの事象がとくに起こるという理由がない場合には,いずれの事象も等可能とみなすという原理(ラプラスの「不充分理由の原理」)を論拠とする「直感的仮定」である。この仮定の現実性は,機会の等配分の結合が十分に長い試行系列の将来の結果として保証される(不確実性保証)賭け事(サイコロや投銭のような運任せゲーム)で起きる事実上の経験によってのみ立証される。

 現段階の統計理論では,「事象の確率についての主張」と「事実について正しく述べることの確率についての主張」(判断の確率)との関係が問題とされる。後者の判断の確率をどのように解釈するかで,統計学者の考え方は3つに分かれる。第一はラプラスの不充分理由の原理にもとづいて,事前の確率の均等性を仮定する考え方である(H.ジェフリース)。第二は事象の相対的頻度をこの確率とみなす考え方である(J.ネイマン,A.ウォルト)。第三は両者の折衷である(R.A.フィッシャー)。フィッシャーはベイズの定理における事前確率均等の仮定を認めないが,結果事象から原因事象を回顧する権利は保留する。問題は結局,ホグベンが「結合機会の等分配」と呼ぶ原理が,事象の系列そのものにみとめられるかどうかである。換言すれば,事象系列に無秩序を認めるかどうかである。この無秩序の内容を定式化したR.v.ミーゼスの「確率=頻度」説は,現実世界への確率計算の適用基盤として,事象発現の規則性をもたない集団現象または反復現象を要求した。しかし,これで問題が解決されたわけではない。

 ホグベンは確率計算の有用性の決定を数学理論で基礎づけることができないとし,その解決はこの手法が実際に適用される諸問題領域のなかで検討しなければならないとする。具体的には,「(1)集団の計算法」「(2)誤差の計算法」「(3)調査・研究の計算法」「(4)判断の計算法」の4領域である。「(1)集団の計算法」では,実験科学の分野のマックスウエルらの気体運動論から現代の量子論にいたる統計力学およびメンデルの遺伝理論が紹介されている。感覚で捉えられない微粒子の確率的行動を想定した確率模型を使った仮説が意味を分野である。「(2)誤差の計算法」では,観測値の組み合わせ論の分野での観測誤差が問題とされる。観測者の偶然誤差は,運任せゲームにおける賭博者の得点と完全に一致すると仮定でき,確率計算の範囲内におさまる。「(3)調査・研究の計算法」は,ガウスの誤差計算の形式的代数学の生物学や社会学への適用である。多変量解析や要因分析の応用もここに入る。「(4)判断の計算法」は,生物学や社会科学における仮説検定や区間推定の手法が代表的な手法である。

 以上の四領域にわたって,統計理論は共通の事実的基盤がない。あるのは確率計算法への依存と,それに規定された形式的に同一の操作の利用である。それではこの計算法の有効性はどうであろうか。ホグベンは実験物理学,遺伝学の領域でこの計算法がモデルを作成するために有効であったとするが,それに対する信用保証はこの領域内でのことである。誤差,研究,判断の領域への確率計算法の適用は,確率概念の成立基盤(結合機会の等配分=無秩序)が事実として存在していることが立証されていない場面への確立論の適用であった。

 それゆえ,社会・経済的現象への統計的方法の適用に関しても,ホグベンのいわゆる無秩序な世界,ミーゼスのコレクティ-フが存在していないので,確率計算が適用できる場面を見出すことはできない。問題はホグベンが物理的世界に認めた「集団」と異なる社会集団現象を反映した統計数値の一団である統計値集団についてはどう理解したらよいかである。両者はどちらも同じく観察の結果である数字である。しかし,同じ観察の結果であっても集団として客観的に存在するものを測定した結果としての統計値と,同一の個体について多数回の反復結果としての測定とは,明確に区別されるべきである。

ホグベンにあっては,「集団(=自然的集団)」における確率計算法の適用と,自然測定の繰り返しにおけるその適用を区別し,確率モデルが対象を科学的に反映するのは前者だけとした。反復的測定という集団的観察結果としての測定値集団となると,確率計算法の適用は同種測定行為の無限反復系列における結合機会の等配分が仮定できれば有効であるが,そうでない場合には確率モデルがこの系列に擬制されるにすぎない。同種測定行為の無限反復系列にこのような「無秩序性」が認められるためには,前提として同一の測定行為が同一不変の測定対象である個体に対して繰り返されなければならない。社会・経済現象では,静止した状態で同一の現象を多数回調査する条件を人為的につくりだすことができない。

社会・経済現象の統計調査による把握では,個体測定の場合のように測定の繰り返しによって安定的結果を導出するより,客観的な同種多数個体の集団の大きさと性質を,一個の事実として確認することのほうがはるかに重要である。したがって,測定誤差の確率計算法が平均概念を媒介に,自然測定以外の研究領域に拡張されることを,社会科学的認識の発展形態と見ることはできない。統計的方法は社会認識にとって,事実の要約以上のものを与ええない。社会科学の法則を正確に定立または検証する能力は,確率的計算法としての統計的方法にはない。
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